ためらうよりも、早く。


でも、今日だけはこのままアルコールにどっぷり浸かってしまいたい。


濃度が高くて美味しいお酒の魔力に頼り、何もかも忘れて眠れるくらいに。


こちらを心配そうに窺う彼に気づき、フフッと笑ってみせたのもそれらを隠すため。


搭乗によって疲れた足を組み直すと、賢い彼に悟られまいと目を逸らさずにいた。


とはいえ、そこは接客のプロ。


何かを察したように「待っててね」と短く言うと、持ち場に戻る煌くんの後ろ姿は今日も大きく感じた。


私はまだまだ修行が足りないのね、なんて心の中で笑うばかりだ。


穏やかなBGMが流れる中、居合わせた数人の客は各々にこの時を楽しんでいる。


そんな店内の和やかな様子を一瞥したのち、私はバッグからスマホを取り出した。


スピード勝負な社会において、電源の切れた機械ほど無用の長物はない。


再び電源をONにすると、真っ黒だった画面は待ち侘びていたかのように薄明かりの店内で白い光を放つ。


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