ためらうよりも、早く。


私が右手の奥の方へと進めば、彼はいつもその隣に座りたがる。それは今日も同じらしい。


「狭いでしょ?」

海外モデルと見まがうほど綺麗にスーツを着こなす絢に、今日もまた一緒の台詞を吐く。


「柚希に触れられるから」

その度にフェミニストな極上男は、私の腰を引き寄せて軽くキスを落とす。——これも通例。


最後はタクシーの中で塗ったフルーティーな香りのグロスをペロリ、と舐めるように舌が触れた。


するとカーテン越しに声が掛かり、了承を得て恭しく入室してきたのはバーテンダー。


絢に肩を抱かれた私は“レミー・マルタン”、彼は“ナポレオン”をそれぞれ頼んだ。


注文を終えてふたりきりになると、彼の肩に頭を預けながら小さく息を吐いた。


「疲れてる?顔色がよくない」

心配そうな声をした絢の声。肩からおでこに腕が回り、頭のてっぺんにキスを落とされる。


——しまった、と思ったがもう遅い。顔を見られない状況に感謝した。


「え、え、そうかもね。……ちょっとバタバタしていたの。
絢(ジュン)こそ、朝早く成田に着いて時差ぼけ大丈夫?」

「もちろん、機内で休んで来てるよ。
あっちでは柚希に会うことだけを考えてたけどね」

「ホントかしら」

「何ならココで試してみる?」

あっという間に、彼の膝と膝の間へと私の身体は移される。


背後から回ってきた両腕とともに、シトラス系の絢の香りが鼻腔をくすぐった。


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