ためらうよりも、早く。
踵を返そうと後ろを向けば、にやかに支配人がドアを閉める姿と直面してしまう。
普通、このお店でこんな扱いはアリエナイ。つまり、この男の差し金というわけだ。
部屋に取り残された私は、最も会いたくないヤツとふたりきりにされてしまった。
「風船男お得意の“ジョーク”ってヤツかしら?」
苛立ちを隠さずに振り返れば、黒々とした瞳でこちらを淡々と見据える彼は微笑を浮かべた。
「ただいま」と、またしても聞きたくない慣例のフレーズとともに。
「……約束した覚えはないけど?」
「ミラノから何度も連絡取っていたけどなぁ。なーぜか一向に通じなかったし」
そう言って席を立った祐史。無駄に優雅な足取りとは裏腹に、口調はやけに冷たく感じた。
無言で佇む私の前で止まると、「ただいま」ともう一度言ってくる。