ためらうよりも、早く。


期待させるようなひと言に、ツキンと胸に小さな痛みを感じた。


支える腕の力は優しく、ふわり、と漂ってきたシトラスの香りが切なさを誘う。


こうしてサプライズとさりげない気遣いをもって、女を喜ばせてきたこの男。


結婚前の自覚はあるのか叱咤すべきなのに、私はその言葉を呑み込んでしまった。



これがもう最後だから。——ちょっとだけ、この時間を楽しませて欲しいと。



テーブル・クロスで覆われたテーブルには、ワイングラスやカトラリー等が4人分上品にセッティングしてある。


祐史に椅子を引かれ、窓を臨むその席に着くと、ヤツは隣の席へと素早く腰を下ろした。


「ちょっと。向こうに行って」

「隣が空いて寂しいじゃん。
こっち側だと庭園も見れるし、一挙両得だろ」

「は?カップル席でもないのにこの並びは不自然。常識でしょう。
私が到着するまで向かいの席に座っていたの、ちゃんと覚えてるんだから」

「目敏いな」


「当然よ」と呆れたように両腕を組んだのは、強硬姿勢を貫くため。


< 95 / 208 >

この作品をシェア

pagetop