ためらうよりも、早く。
期待させるようなひと言に、ツキンと胸に小さな痛みを感じた。
支える腕の力は優しく、ふわり、と漂ってきたシトラスの香りが切なさを誘う。
こうしてサプライズとさりげない気遣いをもって、女を喜ばせてきたこの男。
結婚前の自覚はあるのか叱咤すべきなのに、私はその言葉を呑み込んでしまった。
これがもう最後だから。——ちょっとだけ、この時間を楽しませて欲しいと。
テーブル・クロスで覆われたテーブルには、ワイングラスやカトラリー等が4人分上品にセッティングしてある。
祐史に椅子を引かれ、窓を臨むその席に着くと、ヤツは隣の席へと素早く腰を下ろした。
「ちょっと。向こうに行って」
「隣が空いて寂しいじゃん。
こっち側だと庭園も見れるし、一挙両得だろ」
「は?カップル席でもないのにこの並びは不自然。常識でしょう。
私が到着するまで向かいの席に座っていたの、ちゃんと覚えてるんだから」
「目敏いな」
「当然よ」と呆れたように両腕を組んだのは、強硬姿勢を貫くため。