【完】宝探し―世界で一番愛しい人は―
夏の生暖かい空気を一気に吸い込んだ。
あのとき、母さんが俺を殺していたら
苦しまずにすんだのに。
俺は、橋に足をかけた。
柔らかい風が顔にあたって気持ちよかった。
少し高い橋の手すりに体重を預けて、俺は、手すりに腰かけた。
そして、ゆっくり目を閉じて
静かに川に体を傾けていった。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
落ちる寸前のことだった。
そのはち切れんばかりの声に肩がびくりと揺れて、手すりを掴む手に力がこもった。
目を開けたとき、ぶらんと川のほうに放り出された足が急に恐ろしく感じられて身体中に悪寒が走った。
「なにーー?先客いるとか聞いてないんですけどー」
その声に、振りかえったとき、俺は息を忘れた。
少し大人びた雰囲気をまとった彼女は、俺と同じぐらいの身長で、
肩までのびた黒髪をはためかせて、切れ長の目をまばたきさせた。
むすっとした表情が、よく似合っていた。
「ここは私だけの場所だと思ってたのになー」
「だ、だれ、」
「てか、子供は早く帰んなきゃダメなんだよ?なにしてんの?」
こっちの質問にはいっさい答えるつもりはないらしい。
そして、なぜかこっちが年下と決めつけられた。
なぜか偉そうだし。
彼女の話し方に少し反抗したくなって、なにかを言いかけたけれど、口をつぐんだ。
なぜかはわからないけれど、
のどに、声がつっかえたような感じだった。
「何よ、言いたいことあるなら言いなよ!」
「……別に」
「さっきなんか言いかけたじゃん、なに?なんか文句?」
「……いや」
「変なやつ。とにかく、子供は早く帰った帰った!」
しっしっ、と手で払われるように邪魔あつかいされ、自然と怪訝な顔になった。
なんでこんな偉そうなんだこいつ。
こっちのことなんかなんにも知らないくせに。
帰ったら、こいつは親が待っているんだろう。
だったら、お前が早く帰れよ。
俺は、ここでやることがあるんだ。
「今日だけ、この場所、貸してよ」
「え?なに、何に使うのよ」
「俺、今から死ぬから」
淡々と声に出した。
少しでも怖がってくれればよかった。
もちろん死ぬつもりは変わらないけど、とにかく彼女の偉そうな顔を崩してやりたかった。
「……ふーん。あ、そ。どうぞ」
「………え」
予想と反して、
彼女の対応はめちゃくちゃ冷たかった。