恋のカルテ
「グローブもしないで血液に触るなよ、それよかこんな所でなにしてる」
振り返ると佐伯先生が私を見下ろしていた。
疲れの滲んだ顔には、まばら場無精髭。
「佐伯先生」
「佐伯先生、じゃねえよ」
先生はいいながら、目の前を歩いていた看護師に声をかける。
「悪いけどこれ測ってデータを宮本先生までお願い」
先生は近くにあった検査用の紙コップにその注射器を入れて看護師に手渡した。
「……で、何しにきた」
「何って。先生を探しに来たんです」
「オレを? なんで」
「なんでって……、預かっていた職員証を返さなきゃと思って」
「ああ、そうか」
人目につかないようにこっそりと手渡すと、先生は無造作にポケットに突っ込む。
「それと私、お弁当を作ってきたんです」
「弁当?」
「はい、これです」
私は手にしていた紙袋を指さす。実は、何気なく作った朝食が二人分になってしまったのだ。
習慣って怖い……ううん、悲しい。
でも、そんな理由はあえて話す必要はないだろうと、紙袋を差し出した。
「よかったら朝ご飯にでもどうぞ」
「ああ、サンキューな。ちょうど休憩しようと思ってた所なんだ。高原もこい。飲み物くらい奢るぞ」
「……でも」
「大丈夫だよ。この時間の食堂は誰もいないから」