恋のカルテ
私はリビングに戻ってパソコンを立ち上げる。
その合間に何気なく開いた学会誌のとあるページに、私の目は釘づけになった。
その研究論文を書いたのは、有名な大学病院の教授で、消化器外科の権威。手術不適応とされた症例にメスを入れ、その命を救っている。しかも、その研究対象の病名が山田さんのものと同じだったのだ。
「森東吾ってもしかして、森くんの……」
「もしかしなくてもそうだ。お前の同期の父親だ」
声に驚いて振り返ると、今日はちゃんと上下スエットを着た佐伯先生が私のすぐ後ろに立っている。
いつお風呂からあがってきたのだろう。夢中になっていて全然気が付かなかった。
「森亮介だっけ? 森教授の息子がうちの病院に来るって少し前までは、ちょっとした騒ぎになってたんだ。この間お前を迎えに行ったときにしゃべったけど、父親ほどのオーラはないな」
「オーラは確かにありませんけど、息子であることには変わりありませんよね」
「だからって裏で手を回してもらおうだなんて考えないことだ。五十嵐先生の立場もあるんだからな」
どうしてわかったんだろう。釘を刺されてしまった。私は小さく返事を返す。
「……はぁい」
「それと、いくつか選択肢は用意したほうがいいぞ。悩ませることになるかもしれないが、決めるのは患者自身だ」
「そうですね。もう少し調べてみます」
「手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。あまり無理をするなよ。そろそろ仕事の疲れがたまってくる頃だから」
「分かりました。ある程度やったら、ちょうどいい所で切り上げて、ちゃんと寝ます」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
寝室へ入っていく先生の背中を見送ると、私はまたパソコンに向かった。