恋のカルテ
「高原!」
午後六時。病棟の廊下で私を呼び止めたのは大津さんだった。
「もしかして帰るの?」
「うん」
「今日、七時から勉強会があるのは知ってるよな? ここ最近、全然出席してないようだけど、どうかした?」
「別に理由はないんだけど。……ほら、あれって希望者のみでしょ?」
「確かに表向きは希望者のみってことになってるけど、研修医なら出席するのが当然だろう。森も出席率が悪いけど、それ以上だぞ。どうしたんだよ、高原」
大津さんは大きなため息を吐く。
「ごめんなさい」
「……いや。オレに謝る必要はないよ。ただ、こういうのって後々自分に跳ね返ってくると思うから」
「そう、だよね。自分ための勉強……」
そんなことくらい、分かってる。
でも、圭人が帰宅するまでに家事を済ませておかなければならないから。
だから私は、圭人の機嫌を損ねないように気を使い、家にいる時間を毎日必死で作っている。
本当は勉強会に出たかった。今日のテーマはとても興味深いものだったから。
すべては無理にしても、たまには出席できたらとは思う。それを圭人に相談しようにも、どう切り出していいのか分からない。
医者であることをひたすら感じさせないようにして、話題にも気を使っている今、勉強会に出たいだなんて言えるはずがないんだ。
「だったら、出席したら?」
「……ううん、帰る。お疲れ様」
私は大津さんに頭を下げると内科医局へ向かって歩き出した。