恋のカルテ


「よろしくお願いします。高原です」

いよいよ始まった救急外来の当直。そのスタッフルームで私は、指導医となる朝木洋子先生に挨拶をする。

朝木先生は救急科の医師として十五年のキャリアを持つベテラン。

昨年導入されたドクターカーで誰よりも早く現場に駆けつけて人命救助に当たっていて、最近はテレビの医療番組などに出演したりもしている。

小柄で可愛らしい容貌からは想像できないけれど、病院では鬼軍曹との異名を持つ。

佐伯先生ですら、頭が上がらないと言っていた。実際にあってみて、その威圧感に気圧されそうになる。

「高原加恋。一年目だったわね。始めから戦力になるなんて思ってないけど、足手まといにだけはならないでね。女だからって容赦はしないから覚悟しなさい」

「は、はい」

「それから、あなたの指導には佐伯を付けることにしたから。佐伯! ちょっといい?」

朝木先生が佐伯先生を呼びつけると、他の先生たちと話をしていた佐伯先生は、小走りでこっちへ向かって来る。

「はい。なんでしょう、朝木先生」

「悪いけど、この子の指導をお願いね。ほら、高原。挨拶は?」

朝木先生にいわれて、佐伯先生に向かって自己紹介をする。

まさか私たちが一緒に暮らしているとは思わないだろう。朝木先生に気付かれないように目くばせをする。

「高原加恋です。現在は外科で研修中ですが、月に二回、土曜日に救急外来の当直勤務をさせていただきます。よろしくお願いします」

「あ、えと。……佐伯です。よろしくお願いします」

他人行儀な挨拶がむずがゆい。思わず頬が緩んでしまいそうになり、必死でこらえた。

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