砂の国のオアシス
8
そんな私を安心させるようになのか、それともただの愚問と取ったのか。
俺様なカイルのことだから、多分後者、うん。
とにかくカイルは、カッコいい顔に余裕の笑みを浮かべて、私をまたドキドキさせた。
「イシュタール王国は、建国以来、中立国として国の平和を維持している。それが何を意味するか、ナギサには分かるか」
「うーんと・・他国と争わない?」
「一部正解だ。イシュタールは武力で他国と争わない。国際問題は非武装で解決をするというのが基本だ。だからと言って、イシュタールの軍事力が低いわけではない。軍事攻撃力は低いかもしれんが、防御力にかけては極めて高い。中立国というのは、他国同士の争い事も、どちらの味方をすることもなく、中立の立場を貫く」
「じゃあ、もし他国が侵攻してきたらどうするの?」
「そのときは、皆武器を持って戦うだろう。中立という立場は、敵もいなければ味方もいないということだ。戦争が起きても参戦はしない代わりに、他国が攻めてきても誰も助けてはくれん。自分の国は自分たちで責任を持って守るということだ。イシュタールは、東西北の3方が他国と陸続きになっている。その国境を守る警備隊に配属されている者たちは、皆優秀(エリート)だと言われている。そこが崩れれば、確実に国内を攻められるからな。その自覚がなければ国境を守り続けることはできん」
国境となる砦を強固に守ることで、他国の侵略を許さない。
だから国内は平和を維持できている。
それが中立国。
「イシュタールでは自分で自国と自分自身を守るという教えを受ける。それを統率するのが国王(リ)である俺の役目の一つだ。俺は、イシュタール王国と国民の平和を維持するという大事な役目を担っている。和平交渉にしても然り。アルージャとカーディフ両国には、武器の持ち込みを固く禁じている。それが条件でこの場を提供すると申し出た。イシュタール(ここ)を武力争いの舞台にさせるつもりはない。俺はあくまでも双方の意見を中立な立場で聞きつつ、必要とあれば第三者として客観的な意見や助言を言う。それだけだ。だが、それなりのリスクは背負っているがな」
「ほらやっぱり・・・」
「案ずるな。俺はそう簡単に殺られはせん」
「うん・・・」
確かにカイルってそう簡単に殺されたり死んだりしないって思うけど・・・やっぱり危険なんだよね。
目の前にいるこの人が、国王様(リ・コスイレ)だって、急にリアルに思えてきた。
「そういうことだ。暫くここにも来れないだろう。だから・・・」
カイルは立ち上がると、あっという間に私との距離を詰めてきた。
そして私を立たせると、すぐ顔を上向かせて、性急にキスをしてきた。
お互いの唇が、舌が絡み合う。
でも足りないと思ってしまう私がいて、無意識にカイルに体を預けながら、筋肉質の固い体や、柔らかな砂色の髪に触れていた。
そして、ようやくお互いの唇を離したとき、私は息を切らせながら、背伸びをしてカイルの首に手を回していた。
こういうときにも踏み台使えばよかった、とか心の片隅でチラッと思ったりして・・・。
「気を、つけて・・・」
「ああ。この交渉が一段落したら、俺が砂漠へ連れて行ってやろう」
そうカイルは言って、私の唇にチュッとキスをした。
私とは対照的に、余裕たっぷりのカイルは、全然息切れしてない・・。
「う・・ん」
「案ずるな。テオは少々浮世離れしている面もあるが、あれなりに王子であるという自覚はある。でなければテオをおまえに近づけさせてはいない。テオを信頼しても良いが、あれに色目は使うな」
「だっ、誰がっ!ていうかあの人、私のことを興味の対象いう目でしか見てないです!」
「興味の対象か。ナギサは的確な言葉を使う」
またカイルは私の唇にチュッとキスをすると、体を離した。
もう行く時間か。
「じゃあな、ナギサ」
「あ・・・カイル!」
カイルは戻ってきてくれなかったけど、ふり向いてくれた。
「なんだ?ナギサ」
「あの・・・ゴライブ・マイス・アガト」と私が言うと、カイルは一瞬驚いた顔をして・・・私の方へ戻ってきてくれた。
笑顔で。
「俺と二人でいるときは、“ゴライブ”だけで良い」
「んと・・・」
「“ゴライブ”は“Thanks”みたいなものだ。“マイス・アガト”までつけると、丁寧な言い方になる」
カイルはそう言いながら私の髪を撫でると、大きな手で私の手を包み込むように握ってくれた。
そして最後にまたキスをすると、「あと4週間」とつぶやいて、今度こそ行ってしまった。
私はカイルの後姿を見送りながら、「4週間って。なにが?」とつぶやいたとき、自分がカイルにキスされた唇にそっと手を当てていることに気がついた。
そのとき、カイルがまたふり向いた。
「明日の午前中は雨が降る。花壇に与える水は少しにしておけ」
「あ・・・はーい」
「Good night 、Nagisa」
「・・・おやすみなさい、カイル」
そんなわけで、カイルが許可をくれて2日後。
ついに私はイシュタールの町へ出かけることになった!
「ナギサ様がお持ちの服を着たほうが、浮かなくて済むと思いますよ」
「え?そうなの?」
「町にはイシュタール人以外の民族もたくさん住んでおります。それこそナギサ様がお召しになっていらしたような服を着てる方も、たくさんいらっしゃいますよ」
「あ・・・そうなんだ」
ヒルダさんのその発言に、なぜかカルチャーショックを受けてしまった私。
でもまあ・・・そうだと言われればそうなんだよね。
私がヒルダさんからもらっていた(正確にはカイルがくれた)服たちは、イシュタールの民族衣装。
そしてこの世界には、イシュタール人だけが住んでいるってわけじゃあない。
だから私は、この世界へ迷い込んできたときに来ていたおめかし服を着た。
でも日中は暑いから、黒いコートはなし。
「まあナギサ様!とてもお似合いでございますよっ!さぁ用意はできましたね!では参りましょうか。テオ様は外でお待ちでございます」
「は、はいっ」
ヒルダさんのいつもの勢いに押され気味になりつつ、私たちは部屋を出た。
王宮の正門前に、黒塗りの車が止まっていた。
うわ、やっぱり豪華・・だけど、カイルがここに連れて来てくれたときに乗っていた車よりも豪華じゃないだけよかったと思おう。
あんな豪華車に乗って行ったら無駄に目立つと思うし。
それに王家の人がいるって、一目でバレちゃいそうだし。
「町まで歩いて行けないこともないんだけど、時間がもったいない。今日は中央朝市が開かれてるし」
「わぁ・・・ステキな響き!」
今の私、両目が輝いてる気がする!
それに横に座っているテオに向かって、手が拝みのポーズになってるし。
「ナギサにも見せたくてね。だから町までは車で行って、町中は3人で歩く」
「うんっ!」
あぁ楽しみ!
「中央朝市」というのは、週に1度、午前中開かれている市場で、主に食べ物、そして飲み物のお店が軒を連ねている。
もちろんそれだけじゃなくて、例えば鍋などの調理器具、布やビーズなどの裁縫系グッズやお花などを売ってるお店もあれば、フェイスペインティングをしてくれるお店もある。
「ナギサ、その服だと少し暑いんじゃないか?ここで服を買ってあげる」
「え」
そんなに動かなければ、この服でも大丈夫なんだけど、今は市場を見るために歩き回っている。
人ごみの中にいるのと日照りが重なって、今の私は少々汗ばんでいる。
だからテオの好意に甘えることにした。
どのみち私はお金を持っていないから、テオかヒルダさんに買ってもらうしかないし。
「お金のことでしたら、ご心配なさらずに」
「請求書は全部カイルに回すから」
「げっ!」
「冗談。ヒルダの分まで僕が奢るよ」
こっちの世界でも、お金は紙幣とコインの二種類だ。
そしてイシュタールの通貨は、ギルダ(紙幣)とルキニ(コイン)と呼ばれている。
ヒルダさんに聞いてみたら、1ギルダは100円に相当すると分かった。
お金の価値が分かったところで、市場を見てみると、高い品物はないことが分かった。
市場だから、なのかもしれない。
だからそこまで気兼ねすることもなく、テオに服を買ってもらった。
俺様なカイルのことだから、多分後者、うん。
とにかくカイルは、カッコいい顔に余裕の笑みを浮かべて、私をまたドキドキさせた。
「イシュタール王国は、建国以来、中立国として国の平和を維持している。それが何を意味するか、ナギサには分かるか」
「うーんと・・他国と争わない?」
「一部正解だ。イシュタールは武力で他国と争わない。国際問題は非武装で解決をするというのが基本だ。だからと言って、イシュタールの軍事力が低いわけではない。軍事攻撃力は低いかもしれんが、防御力にかけては極めて高い。中立国というのは、他国同士の争い事も、どちらの味方をすることもなく、中立の立場を貫く」
「じゃあ、もし他国が侵攻してきたらどうするの?」
「そのときは、皆武器を持って戦うだろう。中立という立場は、敵もいなければ味方もいないということだ。戦争が起きても参戦はしない代わりに、他国が攻めてきても誰も助けてはくれん。自分の国は自分たちで責任を持って守るということだ。イシュタールは、東西北の3方が他国と陸続きになっている。その国境を守る警備隊に配属されている者たちは、皆優秀(エリート)だと言われている。そこが崩れれば、確実に国内を攻められるからな。その自覚がなければ国境を守り続けることはできん」
国境となる砦を強固に守ることで、他国の侵略を許さない。
だから国内は平和を維持できている。
それが中立国。
「イシュタールでは自分で自国と自分自身を守るという教えを受ける。それを統率するのが国王(リ)である俺の役目の一つだ。俺は、イシュタール王国と国民の平和を維持するという大事な役目を担っている。和平交渉にしても然り。アルージャとカーディフ両国には、武器の持ち込みを固く禁じている。それが条件でこの場を提供すると申し出た。イシュタール(ここ)を武力争いの舞台にさせるつもりはない。俺はあくまでも双方の意見を中立な立場で聞きつつ、必要とあれば第三者として客観的な意見や助言を言う。それだけだ。だが、それなりのリスクは背負っているがな」
「ほらやっぱり・・・」
「案ずるな。俺はそう簡単に殺られはせん」
「うん・・・」
確かにカイルってそう簡単に殺されたり死んだりしないって思うけど・・・やっぱり危険なんだよね。
目の前にいるこの人が、国王様(リ・コスイレ)だって、急にリアルに思えてきた。
「そういうことだ。暫くここにも来れないだろう。だから・・・」
カイルは立ち上がると、あっという間に私との距離を詰めてきた。
そして私を立たせると、すぐ顔を上向かせて、性急にキスをしてきた。
お互いの唇が、舌が絡み合う。
でも足りないと思ってしまう私がいて、無意識にカイルに体を預けながら、筋肉質の固い体や、柔らかな砂色の髪に触れていた。
そして、ようやくお互いの唇を離したとき、私は息を切らせながら、背伸びをしてカイルの首に手を回していた。
こういうときにも踏み台使えばよかった、とか心の片隅でチラッと思ったりして・・・。
「気を、つけて・・・」
「ああ。この交渉が一段落したら、俺が砂漠へ連れて行ってやろう」
そうカイルは言って、私の唇にチュッとキスをした。
私とは対照的に、余裕たっぷりのカイルは、全然息切れしてない・・。
「う・・ん」
「案ずるな。テオは少々浮世離れしている面もあるが、あれなりに王子であるという自覚はある。でなければテオをおまえに近づけさせてはいない。テオを信頼しても良いが、あれに色目は使うな」
「だっ、誰がっ!ていうかあの人、私のことを興味の対象いう目でしか見てないです!」
「興味の対象か。ナギサは的確な言葉を使う」
またカイルは私の唇にチュッとキスをすると、体を離した。
もう行く時間か。
「じゃあな、ナギサ」
「あ・・・カイル!」
カイルは戻ってきてくれなかったけど、ふり向いてくれた。
「なんだ?ナギサ」
「あの・・・ゴライブ・マイス・アガト」と私が言うと、カイルは一瞬驚いた顔をして・・・私の方へ戻ってきてくれた。
笑顔で。
「俺と二人でいるときは、“ゴライブ”だけで良い」
「んと・・・」
「“ゴライブ”は“Thanks”みたいなものだ。“マイス・アガト”までつけると、丁寧な言い方になる」
カイルはそう言いながら私の髪を撫でると、大きな手で私の手を包み込むように握ってくれた。
そして最後にまたキスをすると、「あと4週間」とつぶやいて、今度こそ行ってしまった。
私はカイルの後姿を見送りながら、「4週間って。なにが?」とつぶやいたとき、自分がカイルにキスされた唇にそっと手を当てていることに気がついた。
そのとき、カイルがまたふり向いた。
「明日の午前中は雨が降る。花壇に与える水は少しにしておけ」
「あ・・・はーい」
「Good night 、Nagisa」
「・・・おやすみなさい、カイル」
そんなわけで、カイルが許可をくれて2日後。
ついに私はイシュタールの町へ出かけることになった!
「ナギサ様がお持ちの服を着たほうが、浮かなくて済むと思いますよ」
「え?そうなの?」
「町にはイシュタール人以外の民族もたくさん住んでおります。それこそナギサ様がお召しになっていらしたような服を着てる方も、たくさんいらっしゃいますよ」
「あ・・・そうなんだ」
ヒルダさんのその発言に、なぜかカルチャーショックを受けてしまった私。
でもまあ・・・そうだと言われればそうなんだよね。
私がヒルダさんからもらっていた(正確にはカイルがくれた)服たちは、イシュタールの民族衣装。
そしてこの世界には、イシュタール人だけが住んでいるってわけじゃあない。
だから私は、この世界へ迷い込んできたときに来ていたおめかし服を着た。
でも日中は暑いから、黒いコートはなし。
「まあナギサ様!とてもお似合いでございますよっ!さぁ用意はできましたね!では参りましょうか。テオ様は外でお待ちでございます」
「は、はいっ」
ヒルダさんのいつもの勢いに押され気味になりつつ、私たちは部屋を出た。
王宮の正門前に、黒塗りの車が止まっていた。
うわ、やっぱり豪華・・だけど、カイルがここに連れて来てくれたときに乗っていた車よりも豪華じゃないだけよかったと思おう。
あんな豪華車に乗って行ったら無駄に目立つと思うし。
それに王家の人がいるって、一目でバレちゃいそうだし。
「町まで歩いて行けないこともないんだけど、時間がもったいない。今日は中央朝市が開かれてるし」
「わぁ・・・ステキな響き!」
今の私、両目が輝いてる気がする!
それに横に座っているテオに向かって、手が拝みのポーズになってるし。
「ナギサにも見せたくてね。だから町までは車で行って、町中は3人で歩く」
「うんっ!」
あぁ楽しみ!
「中央朝市」というのは、週に1度、午前中開かれている市場で、主に食べ物、そして飲み物のお店が軒を連ねている。
もちろんそれだけじゃなくて、例えば鍋などの調理器具、布やビーズなどの裁縫系グッズやお花などを売ってるお店もあれば、フェイスペインティングをしてくれるお店もある。
「ナギサ、その服だと少し暑いんじゃないか?ここで服を買ってあげる」
「え」
そんなに動かなければ、この服でも大丈夫なんだけど、今は市場を見るために歩き回っている。
人ごみの中にいるのと日照りが重なって、今の私は少々汗ばんでいる。
だからテオの好意に甘えることにした。
どのみち私はお金を持っていないから、テオかヒルダさんに買ってもらうしかないし。
「お金のことでしたら、ご心配なさらずに」
「請求書は全部カイルに回すから」
「げっ!」
「冗談。ヒルダの分まで僕が奢るよ」
こっちの世界でも、お金は紙幣とコインの二種類だ。
そしてイシュタールの通貨は、ギルダ(紙幣)とルキニ(コイン)と呼ばれている。
ヒルダさんに聞いてみたら、1ギルダは100円に相当すると分かった。
お金の価値が分かったところで、市場を見てみると、高い品物はないことが分かった。
市場だから、なのかもしれない。
だからそこまで気兼ねすることもなく、テオに服を買ってもらった。