砂の国のオアシス
9
近くにあったパン屋さんのトイレでその服に着替えて、私はホッとした。
「郷に入れば郷に従え」じゃないけど、やっぱりイシュタールで売られている服は、イシュタールの気候に合っている。
適度に涼しい。
ヒルダさんとテオから「似合ってる」と言われたことも嬉しかった。
途中、占いをしてくれるお店を見つけた。
よく見ると、そこは占いのお店ばかりで、通称「占い通り」と言われているそうだ。
それでこの通りは全部占い屋さんばかりなのか。なるほど。
私が興味津々顔で占い通りを見ていると、テオが「視てもらう?」と聞いてきたけど、やめておいた。
「あなたは死人です」とか言われるかもしれないと思ったら・・・怖いから。
たくさん歩いたおかげか、私だけじゃなくて、ヒルダさんとテオもおなかがすいてきたので、見つけたお店でサンドイッチを買って、近くのベンチに座って食べることにした。
「オイシイ?」
「うん、とてもおいしい!このお肉は・・・」
「ターキー。日本にもある?」
「ないってこともないけど、日本じゃそんなにポピュラーじゃないかなぁ」
食べ物に関しては、こっちの世界もあっちの世界もほぼ同じだ。
イシュタール人の主食は、お米じゃなくてパン。
後は、あっちの世界でも見たり食べたりしたことがあるお肉や野菜、お魚を、同じような調理法で料理をして食べる。
文化や環境に多少違いはあるだろうけど、見た目も中身も同じ人間同士だし。
「ナギサ様。初めてイシュタールの町を訪れたご感想は」
「最高!町には活気があって、人はみんな親切で威勢も良くて。それに秩序があると思う。それはみんな右に倣えで個性がないっていう意味とは全然違って」
考えながら言う私に、ヒルダさんはニコニコ笑顔でうなずきながら、「分かりますよ」と言ってくれた。
ヒルダさんが言ったとおり、町にはイシュタール人だけじゃなく、他の民族だと一目で分かる人たちもたくさんいる。
一目見てイシュタール人じゃないと分かる私が、イシュタールの民族衣装を着て町に出ていたら、浮いていたのは間違いない。
でもイシュタール人だからといって、民俗衣装を着なければいけないという決まりはないそうだ。
現にこの国の王子であるテオは、私みたいにごく普通の服を着ているし。
テオは「僕が王子だとバレないように」、町へ出るときは、普通の服を着ているそうだ。
この国には、王族とか高官の一族といった身分が存在する。
その人たちと、いわゆる庶民とは、差があるわけで。
それでも町の人たちは豊かだなという印象を強く受けた。
イシュタールの国自体、エネルギーや食糧を自国で賄えるほど潤っているそうだし。
だからそこに住む人たちは、心にゆとりがあるなと思った。
そして、ここを統治しているカイルが国のことを話すとき、いつも誇らしげな顔をしているように、町の人たちは、ヒルダさん同様、国王(リ)のことを、とても尊敬し、誇りに思っていることも分かった。
イシュタールが豊かな国でい続けることができているのは、国王様(リ・コスイレ)のおかげだと言っている人が結構いたことに驚いた。
だから、整然とした秩序がある中に、調和やゆとりがあるのかもしれない。
そういう環境だから、暮らしやすいと思っているのかもしれない。
と考えれば、私って住み良い異世界へ迷い込んだのかもしれないと、前向きに思えるようになった。
「ナギサが喜んでくれてよかった。僕も嬉しいよ。できれば毎日ナギサを町へ連れて行きたいけど、僕は大学へ行かないといけないし」
そう言えばテオは地質学者だとカイルが言ってたっけ。
学者だということは、大学が職場なのかな。
それとも院生?
学生に教えてる・・・にしては若いなーと思う。
ていうか、イシュタールに大学あるんだ。
私は頭の中であれこれ考えつつ、「テオっていくつ?」と聞いてみた。
「僕?27だよ」
「ふぅん」
「何、その“ふぅん”は」
「えーっと、27って言われて納得っていうか、でも若いなぁとも思ったりして」
カイルが言ってたとおり、テオは興味のあることにだけ、手間暇と情熱をかける。
それが「浮世離れしている」と見えないこともないし、子どもっぽいなと思わないこともない。
それでいて、テオのことを信頼できるのは、カイルが「信頼しても良い」と言ったから、というのもあるけど、裏表がなく、嘘をつかないタイプだと、一緒にいて分かったから。
テオは非常に分かりやすい人だと思う。
そこが、場合によっては27という年齢に対して、精神年齢が子どもっぽいなと思うときもあるけど、それ以上に若々しい雰囲気に溢れていて。
とにかく、テオと一緒にいると、退屈することはない。
「ちなみにカイルは29歳、そしてジェイドは28歳だよ」
ってことは、カイルと私は10の年の差があるんだ・・・。
どうりであの人、俺様の中に大人!って感じの要素が強いと思った。
国王と庶民(しかも異世界人)という身分差に、30センチの身長差、そして10の年の差。
私たちって、差がありすぎて違いすぎる。
周囲を見えない壁に覆われたような気がした私は、心の中で密かにため息をついた。
「そういえば、ジェイドさんって、カイルと幼馴染なんでしょう?ってことは、テオもジェイドさんと幼馴染なの?」
「うん。子どもの頃から、ジェイドはよく僕にキレてた」
「テオ様、それはジェイドの面倒見がヨロシイという意味でございますよ」
「そうよ」とヒルダさんの意見に同意しながら、私は子ども時代の御三方を想像して、クスクス笑っていた。
ジェイドさんって口は悪いけど、そこに悪意はこもってない。
本当に相手のことを気にかけてくれているっていうのが伝わってくる。
ジェイドさんは、美人でスタイル抜群によくて、仕事もバリバリできるだけじゃなくて、性格もものすごく良い人で・・・口が悪くなければパーフェクトって感じ。
「とにかく、カイルとジェイドは子どもの頃から仲良しだったし。今も仲良しみたいだし。だからあの二人は結婚するんじゃないかな」
いきなりのテオの発言に、私は危うく手に持っていたサンドイッチを落としそうになってしまった。
「テオドール様っ」とヒルダさんがたしなめるような口調で言うけど、テオは意に介さない。
それに便乗するように、私は「そうなの?」とテオに聞いた。
「たぶんね。カイルが国王(リ)になって3年だ。そして1年くらい前から、そろそろ妃を娶れって周囲から言われてるし」
「そう・・・」
政治には興味ないテオだけど、王家の裏事情は知ってるんだ。
「イシュタールでは、国王の第一子が王位を継承する。でも拒否権もある。国王の子も、職業を選ぶ権利があるから」
「カイルは・・」
「父上の第一子だよ。カイルは子どもの頃から国王になると決めていたし、幸いカイルには国王としての威厳や才覚も十分にある。まさになるべくして国王なったといえる」
横にいるヒルダさんが、頷いて賛同している。
「第一子が王位を継がない場合、第二子にその権利が行く。第二子がダメなら第三子・・・という具合で、国王の子は多ければ多いほど良いと昔から考えられている。まあたとえは悪いけど、スペアのようなものだな。だから国王だけは重婚を認められているんだ」
「え・・・!!」
お、驚いた。素直にビックリ。
前いた世界でも、重婚できる国はあったけど、でも日本人は重婚できないし、そういう国に住んだことないから、他人事みたいな感じでいた。
「で、でもそれで、権力争いは起こらないの?我が子を国王にさせたいって野望を持った人が出てきたりとか」
「そういう争い事は、建国以来起こったことがない。それに、そういう争い事を未然に防ぐために、第一子が王位を継ぐという決まりを設けてるわけだし」
「みんな納得しているんでございますよ」
「でもまあ、第一子が生まれるまでは、あれこれあるかもしれないし、次の王位継承者が決まったら、その者を殺すかもしれないという懸念は、もちろんある。現にカイルには、子どもの頃から護衛がついているし、あらゆる毒が効かない体に“訓練”させられた。カイルの場合は特別な事情もあったんだけど」
「う・・・わ」
「そして護衛に頼らなくても、自分で自分の身が守れるよう、体術や護身術、武器の扱いを徹底的に教え込まれた。それはカイル程じゃないけど、僕もさせられたけどね」
国王になれる人は限られている。
でも国王になるということは、実はとても大変なことなんだ。
いくら政治に疎くても、テオは王家の人で、しかも父親は前国王、兄は現国王とくれば、そのあたりの事情は、知りたくなくても裏まで知ってしまったのかな。
ていうことは、国王であるカイルは、それ以上に知ってしまって過去いろんな目に遭って・・・今もいろいろあるのかもしれない。
国王であるということは大変なんだ・・・。
カイルがあんだけ俺様なのも、分かるというか、納得できました、はい。
ていうか、カイルは本当にジェイドさんと結婚するの?
「郷に入れば郷に従え」じゃないけど、やっぱりイシュタールで売られている服は、イシュタールの気候に合っている。
適度に涼しい。
ヒルダさんとテオから「似合ってる」と言われたことも嬉しかった。
途中、占いをしてくれるお店を見つけた。
よく見ると、そこは占いのお店ばかりで、通称「占い通り」と言われているそうだ。
それでこの通りは全部占い屋さんばかりなのか。なるほど。
私が興味津々顔で占い通りを見ていると、テオが「視てもらう?」と聞いてきたけど、やめておいた。
「あなたは死人です」とか言われるかもしれないと思ったら・・・怖いから。
たくさん歩いたおかげか、私だけじゃなくて、ヒルダさんとテオもおなかがすいてきたので、見つけたお店でサンドイッチを買って、近くのベンチに座って食べることにした。
「オイシイ?」
「うん、とてもおいしい!このお肉は・・・」
「ターキー。日本にもある?」
「ないってこともないけど、日本じゃそんなにポピュラーじゃないかなぁ」
食べ物に関しては、こっちの世界もあっちの世界もほぼ同じだ。
イシュタール人の主食は、お米じゃなくてパン。
後は、あっちの世界でも見たり食べたりしたことがあるお肉や野菜、お魚を、同じような調理法で料理をして食べる。
文化や環境に多少違いはあるだろうけど、見た目も中身も同じ人間同士だし。
「ナギサ様。初めてイシュタールの町を訪れたご感想は」
「最高!町には活気があって、人はみんな親切で威勢も良くて。それに秩序があると思う。それはみんな右に倣えで個性がないっていう意味とは全然違って」
考えながら言う私に、ヒルダさんはニコニコ笑顔でうなずきながら、「分かりますよ」と言ってくれた。
ヒルダさんが言ったとおり、町にはイシュタール人だけじゃなく、他の民族だと一目で分かる人たちもたくさんいる。
一目見てイシュタール人じゃないと分かる私が、イシュタールの民族衣装を着て町に出ていたら、浮いていたのは間違いない。
でもイシュタール人だからといって、民俗衣装を着なければいけないという決まりはないそうだ。
現にこの国の王子であるテオは、私みたいにごく普通の服を着ているし。
テオは「僕が王子だとバレないように」、町へ出るときは、普通の服を着ているそうだ。
この国には、王族とか高官の一族といった身分が存在する。
その人たちと、いわゆる庶民とは、差があるわけで。
それでも町の人たちは豊かだなという印象を強く受けた。
イシュタールの国自体、エネルギーや食糧を自国で賄えるほど潤っているそうだし。
だからそこに住む人たちは、心にゆとりがあるなと思った。
そして、ここを統治しているカイルが国のことを話すとき、いつも誇らしげな顔をしているように、町の人たちは、ヒルダさん同様、国王(リ)のことを、とても尊敬し、誇りに思っていることも分かった。
イシュタールが豊かな国でい続けることができているのは、国王様(リ・コスイレ)のおかげだと言っている人が結構いたことに驚いた。
だから、整然とした秩序がある中に、調和やゆとりがあるのかもしれない。
そういう環境だから、暮らしやすいと思っているのかもしれない。
と考えれば、私って住み良い異世界へ迷い込んだのかもしれないと、前向きに思えるようになった。
「ナギサが喜んでくれてよかった。僕も嬉しいよ。できれば毎日ナギサを町へ連れて行きたいけど、僕は大学へ行かないといけないし」
そう言えばテオは地質学者だとカイルが言ってたっけ。
学者だということは、大学が職場なのかな。
それとも院生?
学生に教えてる・・・にしては若いなーと思う。
ていうか、イシュタールに大学あるんだ。
私は頭の中であれこれ考えつつ、「テオっていくつ?」と聞いてみた。
「僕?27だよ」
「ふぅん」
「何、その“ふぅん”は」
「えーっと、27って言われて納得っていうか、でも若いなぁとも思ったりして」
カイルが言ってたとおり、テオは興味のあることにだけ、手間暇と情熱をかける。
それが「浮世離れしている」と見えないこともないし、子どもっぽいなと思わないこともない。
それでいて、テオのことを信頼できるのは、カイルが「信頼しても良い」と言ったから、というのもあるけど、裏表がなく、嘘をつかないタイプだと、一緒にいて分かったから。
テオは非常に分かりやすい人だと思う。
そこが、場合によっては27という年齢に対して、精神年齢が子どもっぽいなと思うときもあるけど、それ以上に若々しい雰囲気に溢れていて。
とにかく、テオと一緒にいると、退屈することはない。
「ちなみにカイルは29歳、そしてジェイドは28歳だよ」
ってことは、カイルと私は10の年の差があるんだ・・・。
どうりであの人、俺様の中に大人!って感じの要素が強いと思った。
国王と庶民(しかも異世界人)という身分差に、30センチの身長差、そして10の年の差。
私たちって、差がありすぎて違いすぎる。
周囲を見えない壁に覆われたような気がした私は、心の中で密かにため息をついた。
「そういえば、ジェイドさんって、カイルと幼馴染なんでしょう?ってことは、テオもジェイドさんと幼馴染なの?」
「うん。子どもの頃から、ジェイドはよく僕にキレてた」
「テオ様、それはジェイドの面倒見がヨロシイという意味でございますよ」
「そうよ」とヒルダさんの意見に同意しながら、私は子ども時代の御三方を想像して、クスクス笑っていた。
ジェイドさんって口は悪いけど、そこに悪意はこもってない。
本当に相手のことを気にかけてくれているっていうのが伝わってくる。
ジェイドさんは、美人でスタイル抜群によくて、仕事もバリバリできるだけじゃなくて、性格もものすごく良い人で・・・口が悪くなければパーフェクトって感じ。
「とにかく、カイルとジェイドは子どもの頃から仲良しだったし。今も仲良しみたいだし。だからあの二人は結婚するんじゃないかな」
いきなりのテオの発言に、私は危うく手に持っていたサンドイッチを落としそうになってしまった。
「テオドール様っ」とヒルダさんがたしなめるような口調で言うけど、テオは意に介さない。
それに便乗するように、私は「そうなの?」とテオに聞いた。
「たぶんね。カイルが国王(リ)になって3年だ。そして1年くらい前から、そろそろ妃を娶れって周囲から言われてるし」
「そう・・・」
政治には興味ないテオだけど、王家の裏事情は知ってるんだ。
「イシュタールでは、国王の第一子が王位を継承する。でも拒否権もある。国王の子も、職業を選ぶ権利があるから」
「カイルは・・」
「父上の第一子だよ。カイルは子どもの頃から国王になると決めていたし、幸いカイルには国王としての威厳や才覚も十分にある。まさになるべくして国王なったといえる」
横にいるヒルダさんが、頷いて賛同している。
「第一子が王位を継がない場合、第二子にその権利が行く。第二子がダメなら第三子・・・という具合で、国王の子は多ければ多いほど良いと昔から考えられている。まあたとえは悪いけど、スペアのようなものだな。だから国王だけは重婚を認められているんだ」
「え・・・!!」
お、驚いた。素直にビックリ。
前いた世界でも、重婚できる国はあったけど、でも日本人は重婚できないし、そういう国に住んだことないから、他人事みたいな感じでいた。
「で、でもそれで、権力争いは起こらないの?我が子を国王にさせたいって野望を持った人が出てきたりとか」
「そういう争い事は、建国以来起こったことがない。それに、そういう争い事を未然に防ぐために、第一子が王位を継ぐという決まりを設けてるわけだし」
「みんな納得しているんでございますよ」
「でもまあ、第一子が生まれるまでは、あれこれあるかもしれないし、次の王位継承者が決まったら、その者を殺すかもしれないという懸念は、もちろんある。現にカイルには、子どもの頃から護衛がついているし、あらゆる毒が効かない体に“訓練”させられた。カイルの場合は特別な事情もあったんだけど」
「う・・・わ」
「そして護衛に頼らなくても、自分で自分の身が守れるよう、体術や護身術、武器の扱いを徹底的に教え込まれた。それはカイル程じゃないけど、僕もさせられたけどね」
国王になれる人は限られている。
でも国王になるということは、実はとても大変なことなんだ。
いくら政治に疎くても、テオは王家の人で、しかも父親は前国王、兄は現国王とくれば、そのあたりの事情は、知りたくなくても裏まで知ってしまったのかな。
ていうことは、国王であるカイルは、それ以上に知ってしまって過去いろんな目に遭って・・・今もいろいろあるのかもしれない。
国王であるということは大変なんだ・・・。
カイルがあんだけ俺様なのも、分かるというか、納得できました、はい。
ていうか、カイルは本当にジェイドさんと結婚するの?