砂の国のオアシス

10

初めてイシュタールの町へ出かけた翌週、和平交渉がイシュタール(ここ)で行われた。
王宮で交渉が行われたのかどうか、そこまでは知らないけど、交渉が行われている間は、町や王宮の庭への長時間の外出は控えるよう、ヒルダさんから言われていた。
ということは、たぶんカイルがヒルダさんへお達しをしたと思われる。

和平交渉の仲立ちに加えて、元々国の公務で多忙なカイルに、これ以上私のことで迷惑をかけるわけにはいかない。
という気持ちが芽生えたのは、カイルが国王になるべく、子どもの頃から色々な訓練をしていたということを、テオから聞いたからかもしれない。
カイルはそれを嫌がることもなく、「国王になるんだったら当たり前」という感じで受け止めて、淡々とやりこなしていたそうだ。

だからというわけじゃないけど、交渉が行われた間の週は、花壇に水をあげる以外、庭をほっつき歩くことはせず、なるべく部屋で過ごしていた。
ヒルダさんが普段以上に私のそばにいてくれたし、テオもしょっちゅう来てくれたので、以前より退屈することはなかった。

「和平交渉は無事終わった」とカイルから教えてもらったのは、交渉が行われた翌週始めだった。

「良かった!じゃあアルージャのシークは、カーディフを独立国として認めたんだ」
「というより、カーディフの新シークが、アルージャを含めた領土を統治することになりそうだ」
「え・・・!」

驚きの顔でカイルを見ると、カイルはフッと笑みを浮かべた。
う・・・どんな顔してもイケメン・・・。

「アルージャのシークは以前から独裁的統治を行っていた。今回の和平交渉を機に、国民の不満が一気に表出たようだ。交渉は終わったが、これからが双方にとっては大変だろう」
「そうだよね・・・」
「交渉が形だけで終わらないよう、我が王国もできる限りのサポートはするつもりだ。両国の争いが、ここに飛び火しても困るからな」
「なるほど」
「本来なら、部外者であるおまえに、ここまでの機密事項を話すわけにはいかないが」とカイルに言われてハッとした。

つい泣きそうな顔でカイルを見ると、「おまえの場合、話せる相手が俺以外にいないからな」と勝ち誇った顔で言われてしまった・・・。

当たってるだけに、認めるのが癪なんですけど!

「それにおまえは、ある程度の事情をすでに知っている。その先が知りたいかもしれんと思ってな、話してやった」
「あ・・どうも、ありがと(ゴライブ)」

カイルはニヤッと笑った後、ソファから立ち上がった。
私もつられるように立ち上がる。

「ジェイドに一言言われたが、決めるのは俺だ」とカイルが言ったとき、ドアからノック音が聞こえてきた。

「リ・コスイレ、お時間でございます」というジェイドさんのキレイな声が部屋に響くと、カイルは、すみれ色の瞳で私を見た。
そして「そういうわけだ。また暫くの間、おまえに会えん」と言った。

私は小さく頷くと「気をつけて」と言った。

カイルは余裕の笑みを浮かべて「じゃあな、ナギサ。俺がいない間、あまりテンバガールになるなよ」と言うと、スタスタ歩いて行ってしまった。

どうやらカイルは、このことを言うためだけに、時間を捻出して私の部屋へ来てくれたようだ。
キスはなかったけど、なんか・・・嬉しい。

カイルが無事交渉の仲立ちをしたことを誇りにも思うし、部外者である私に、機密事項である程の大事な話をしてくれたこととか、安堵したり大変だったなと思ったり、そういう気持ちを一瞬でもカイルと分かち合えたことは、とても嬉しかった。

でも最後にジェイドさんの名前が出たとき、カイルが喜びを分かち合っているのは、私だけじゃないんだって思えて・・・。
ジェイドさんはカイルの秘書で、和平交渉を始め、たくさんの機密事項にもカイルと携わっているから、それはもちろんのことだと分かってるんだけど、でも・・・。
もしかしたら、公務だけじゃなくて、プライベートでも、いろいろ・・・あれこれ分かち合っているのかもしれない。
と思ったら、ほんの少しだけ嬉しさが消えて。

私は部外者だよねと、改めて思った。







それからカイルは、アルージャやカーディフを始め、20日間諸外国を訪問していた。
その間私は、和平交渉前のように、テオとヒルダさんと一緒に町へ出かけたり、王宮の庭をうろついたりして過ごしていた。

地質学者のテオは、イシュタール大学で研究をする傍ら、時々学生に教えたり、外国へ調査をしに行っている。
自国であるイシュタールのことも当然よく知っていて、嬉々として私にいろいろなことを教えてくれる。

正直、土の性質のことは全然分からないし、それこそ「興味ない」んだけど、イシュタールの地理や地形のことを知るのは、後々役に立つと思うから、私は喜んで教えてもらっている。

名門と言われるイシュタール大学には、学びたいという意欲を持った人たちが、世界中からやって来るそうだ。

大学か・・。
私も大学生だったんだよね。

もし・・・もし元いた世界へ戻れたら、また大学へ行けるのかな。
この世界に来て2ヶ月近く経ったけど、まだ私を探してくれている人はいるのかな。
大学は、バイトは、借りているアパートは・・・冷蔵庫に入ってた牛乳とかどうなってるんだろう。

軽いホームシックにかかりながら、そんなことを考えて歩いていたので、華やかな集団が前から歩いてきてたことに気づくのが遅すぎた。


背の高いスラッとした美人さんが、「あら」と言いつつ顔をしかめて私を見た。
私は目を合わせないで軽く会釈をすると、集団を横切るように歩いた。

あぁ、なんにも言われなきゃいいけど・・・。

心臓をドキドキ言わせながら歩いていると、「お待ちなさいな」と他の美人さんが言って、私の肘をつかんだ。
でもその美人さんは、すぐ手を離すと、宙でパッパッと払った。

ちょ・・・っと、何それ。
人をばい菌みたいに扱って。
嫌なら最初から触らなきゃいいのに。

「何か」
「その衣装(ドレス)、全然似合ってないわよ」
「大体イシュタール人でもないあなたが、なぜイシュタールのドレスを着ているのよ」
「しかも、私たちと同じ身分の高さを示すドレスを」
「え」

それは知らなかった。

「さあ。衣装はリ・コスイレからもらってるものだし。リ・コスイレに聞いてみたらどうですか」
「まっ!なんて生意気な小娘!」
「リ・コスイレの慈悲深い御心に対して、感謝の気持ちすらないなんて」
「私はそんなこと一言も言ってませんが」
「あなたなんか王宮から出ていくべきよ!」
「そうよ!そうしたらリ・コスイレはあなたのことをすぐ忘れて、また後宮へ来てくれる・・・」
「はいはい!そこまで!」

急に目の前に壁ができたと思ったら、よく通る低い声と、パンパンと手を叩く音があたりに響いて、嫌味を遮った。
「王子(プリンス)」「テオドール様」という声とどよめきが、華やかな集団から湧き起こる。

「そんな顔してナギサをいびると、醜い顔がもっと醜くなるよ」
「な・・・」
「あぁ、これは失礼。顔だけじゃなくて声もだった」

ちょっとテオってば!
普段はいたって温厚で、口だけでも喧嘩とは無縁、というか「興味ない」って感じなのに。
まさか私をかばってくれるなんて・・・。

「でもテオ様・・・」と言いかけた美人さんを、テオは手で制した。

それだけじゃなくて、どうやら上から目線でも制したみたいだ。
背中から感じるテオの雰囲気が、変わったような気がした。

カイル的に。

「たとえ“様”をつけていても、僕のことを“テオ”と呼んでいいのは、僕の家族と僕が友だちと認めた人だけだ。そしておまえは僕の友だちでも家族でもないはず。まさかとは思うが・・・知らないのか?」

うわ、ちょっとちょっと!
テオの物言いとか物腰が、いきなり偉そうになってるよ!!
ま、国王(リ)ほどじゃあないけど、王子的には十分っていうか・・・。

「申し訳ございません!」と美人さんが頭を下げて謝罪をした矢先、他の美人さんが「リ・コスイレ!」と小声で叫んだ。

その視線の先を見ようとふり向くと、カイルとジェイドさん、そして彼らの護衛の人たちが、こっちの方向へ歩いていた。




< 14 / 57 >

この作品をシェア

pagetop