砂の国のオアシス
12
20分程経っただろうか。車が止まった。
「ここからは歩く」と言いながら、サッサと車を降りるテオに倣って、私も車から降りた。
目の前に広がるのは、森だった。
「ここ・・・」
「デューブ・フォラオイゼ(黒い森)の一部だ。ナギサはこの森の中で迷っていたんだよ」とテオは言うと、懐中電灯をつけた。
そして私の手を取ると、「追手が来る前に行かないと。急ごう」と言って、歩き出した。
夜空には満月が浮かんでいるから、真っ暗というわけじゃない。
だけど懐中電灯があったほうが、今の時間だと断然歩きやすい。
それに、パンプスよりブーツのほうが・・・おめかし服はやっぱりちょっと浮いてるかな。
なんて考えながら、私はテオのナビで歩いていた。
今はテオが一緒にいる。
それにテオが手をつないでくれてる。
だからデイモンマに出くわしても大丈夫・・・大丈夫、とも考えながら。
「ね、ねえ、テオ」
「なに?」
「ここ・・・デイモンマがいるんだよね?」
ああぁ、でもやっぱり聞かずにはいられない!
でも「うん、そうだよ」とテオに言われても、私どうするよ。
だったら聞くんじゃなかったかな。
知らない方がよかったかな・・・。
と思っていただけに、テオから「いないよ」と言われて、私は心底ビックリしてしまった。
思わず立ち止まってしまう程に。
「え。でも私、デイモンマに噛まれたんだよ?迷っていた森で。ってことは、この森でしょ?」
「ああ、そうだったね。あれからすぐ、デイモンマを別の場所へ移したんだ。とはいっても、同じ森の南東部から南西部にだけど、距離的には離れてるから安心して」
「じゃあここにはいないの?」
「この場所にはいない。デイモンマが生息できる場所を調査したのも、全部のデイモンマを他の場所へ移したのも、僕が関与したから、いないと断言できる」
「あ・・・そう」
「良かった」という思いと、「どうして?」という疑問が、私の頭に浮かぶ。
それは顔にも出てたようだ。
テオが歩きながら話してくれた。
「カイルから頼まれたんだ」
「え」
私は歩きながら、思わずテオを見た。
「ナギサがここの地理を知って、自分がこの森で迷ったと分かれば、手がかりを求めていつかはここに来るかもしれないと、カイルは見越していたと思う。ただ、デイモンマの生息地は、元々立入禁止になってる・・・」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあデイモンマを他の場所に移せって言ったのは、カイルなの?」
私の、ために・・・?
「もちろん。そういう命令ができるのは、国王(リ)しかいないよ」
「あ・・あ、そうだよね」
納得です・・・はい。
「しかし、いくら国王でも、デイモンマを絶滅させる権限までは、さすがに持ってない。それにカイルは、人と生物が仲良く共存できる場を作るという考えの持ち主だ」いうテオの意見に、私は頷いて同意した。
「カイルは・・・私が元いた世界へ帰るために、いつかアクション起こすって分かってたんだ」
「そりゃそうだよ。ナギサは自分が来たくてここに来たんじゃないだろ?」
「・・・そうだね」
だからカイルは、私にそこまで関わろうとしなかったんだ。
私は、いついなくなっても、「あ、そう」程度で終わる存在。
異世界から来たよそ者。
じゃあ、元いた世界に戻ることが、最善なんだよね。
私にとっても・・・カイルにとっても。
だからこんなに悲しい気持ちに浸らなくてもいいんだよね。
泣きそうになった私は、うつむきながら歩いた。
「それにしても、ナギサはラッキーだったよ」
「・・・なんのこと?」
「デイモンマに噛まれたとき、カイルが見つけて病院へ運んでくれたこと」
「あ!そうだよね!もしヘンなオジサンとかだったら・・・」
「いやいや、まあ・・・それもあるけど。デイモンマの解毒をしたとき、輸血をされたことは覚えてる?」
「ううん」
ていうか、どういう解毒治療がなされたのか、私は知らない。
「あ、そう。ナギサはとても珍しい血液型で、輸血の血が足りなかったんだって。でも本当に偶然、ナギサの血液型はカイルと同じで、その場にいたカイルが自分の血を使わせたんだよ。だからナギサはカイルに見つけてもらって、本当にラッキーだった」
な、何それ。私知らない・・・あ、もしかして。
あれから1週間採血したのは、解毒が効いてるかどうか確かめてるってドクターが言ってたけど、本当はそれだけじゃなくて、カイルの血が私の体に合うかどうかを確かめていたのかもしれない。
そして私は今も元気、ということは、カイルの血は私に合ってるということだ。
私の体にカイルの血が流れてる・・・。
「・・・そういえば、カイルはあらゆる毒が効かない体だって、前テオは言ってたよね」
「うん。カイルの血液型が珍しいから、そういう体にした方がいいってことになってね。それが前言ってた特別な事情。あんまり知られちゃいけないことだけど、ナギサだったら・・・ナギサ?」
『俺はそう簡単に殺られはせん』
・・・そうだよね。
カイルはそう簡単に死ぬ人じゃない。
「ナギサ?どうした?行くよ」
「わた、私・・・」
『この俺に二度以上同じことを言わせる気か』
『俺の保護の下、王宮で暮らせ。俺の女として』
『テンバガール』
『何の花が咲くのか、どんな実が成るのか。俺に教えてくれ』
『ナギサ』
カイル・・・カイル!
「ナギサ?」
「私、今は行けない。だって・・・カイルにお礼、言ってない。私を、助けてくれたこととか、王宮に置いてくれて、豪華な部屋まで用意してくれたこととか、服や食事やまでくれたこととか、ある程度の自由をくれたこととか・・・。種だって育てないと、カイルに・・・カイルに教えたい・・・」
そのとき、私のバッグの中から振動を感じた私は、ピタッと泣き止んだ。
「えっ!?」
「どうした、ナギサ」
「これは・・・」
私はバッグの中からスマホを取り出した。
「今これがふるえた気がして・・」と言った矢先、スマホからピピっという音が聞こえた。
私は「うわあっ!」と叫んで、危うくスマホを落としそうになってしまった。
だって・・・スマホの電源入ってないし、バッテリー切れだし、もう長い間充電してないから、オンにはならない状態のはずだから。
現にスマホはオフのままなのに、さっきから4・5秒おきにピピッという音を発している。
テオと私は顔を見合わせ・・・テオは顔中笑顔になった。
「テオ、これ・・・」
「やっぱり僕の仮説は正しいのかもしれない!この場所のどこかに、ナギサの世界とここを結ぶ時空の出入口がある。そしてその場所は、ナギサが持ってる、えーっと、スマホ、だっけ?」
「うん」
「それが探知機みたいな役割を果たしてると僕は思う」
「じゃ、じゃあ、私の他にもこの世界に迷いこんだ人がいるってこと?」
「かもしれないね。僕の仮説では、晴れている満月の夜、そしてこのデューブ・フォラオイゼ(黒い森)という場所、気温や気候、湿度、そういった条件が合って、初めて時空の扉が開かれると思う・・・」
「でも、私がここに迷いこんだのは昼間だよ。少なくとも外は明るくて、満月は出てなかった・・・あ」
「なに」
「でもあの日、私がいた世界は夜で、確か・・・満月だったと思う」
ピピッという音が響く中、テオに両手を握られた私は、彼と向かい合った。
「ナギサは本当に帰りたくないのか?」
「今は・・・いい」
「そう。じゃあ僕は行く」
「・・・え!?テオ?行くって、どこに?」
「日本」とテオは答えると、ニッコリ笑った。
「ど、どうして・・」
「日本という国に興味があるから。そのために僕はナギサから日本語を教えてもらったり、日本のことを聞いていたんだ」
「で、でも、日本に行けるとは限らないよ?どこか他の国とか、ううん、もしかしたら全然違う世界へ行ってしまうかもしれないよ?ヘタすると無重力の空間に飛ばされちゃうかもしれないよ!」
「アハハ!そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。行ってみないと分からないだろ?」
「そ・・・いつ戻れるのか、もしかしたら戻れないかもしれないのに・・・」
「時空の出入口さえ分かっていれば、いつでも戻ってくることができるはずだ」
「テオ・・・」と言いかけた私を、テオが制した。
「ナギサ、僕は生きているうちに、色々な世界を見てみたい。たとえそれでイシュタールに戻ることができなくても、それは僕が選んだ道だ」
「テオ・・・」
「ナギサが気にすることじゃない。それに大丈夫、僕は戻って来るから」
「ほ、ほんと?」
「本当だ。そして僕が戻ることで、ナギサはいつでも戻ることができると証明してみせる」
「・・・約束して」
「うん。約束だ」
何を言っても、どうあがいても、私じゃテオを止めることはできない。
私はテオに泣きながら微笑んだ。
そしてテオは私の額に軽くキスをした。
「元気で」
「うん」
「気をつけてね」
「うん。すぐ帰ってくる」
別れの挨拶をして、手に持っていたスマホをテオに渡そうとしたそのとき、私の手が誰かにつかまれた。
「え」と言ってる間に、私の体は後ろへ放り投げられた。
「ここからは歩く」と言いながら、サッサと車を降りるテオに倣って、私も車から降りた。
目の前に広がるのは、森だった。
「ここ・・・」
「デューブ・フォラオイゼ(黒い森)の一部だ。ナギサはこの森の中で迷っていたんだよ」とテオは言うと、懐中電灯をつけた。
そして私の手を取ると、「追手が来る前に行かないと。急ごう」と言って、歩き出した。
夜空には満月が浮かんでいるから、真っ暗というわけじゃない。
だけど懐中電灯があったほうが、今の時間だと断然歩きやすい。
それに、パンプスよりブーツのほうが・・・おめかし服はやっぱりちょっと浮いてるかな。
なんて考えながら、私はテオのナビで歩いていた。
今はテオが一緒にいる。
それにテオが手をつないでくれてる。
だからデイモンマに出くわしても大丈夫・・・大丈夫、とも考えながら。
「ね、ねえ、テオ」
「なに?」
「ここ・・・デイモンマがいるんだよね?」
ああぁ、でもやっぱり聞かずにはいられない!
でも「うん、そうだよ」とテオに言われても、私どうするよ。
だったら聞くんじゃなかったかな。
知らない方がよかったかな・・・。
と思っていただけに、テオから「いないよ」と言われて、私は心底ビックリしてしまった。
思わず立ち止まってしまう程に。
「え。でも私、デイモンマに噛まれたんだよ?迷っていた森で。ってことは、この森でしょ?」
「ああ、そうだったね。あれからすぐ、デイモンマを別の場所へ移したんだ。とはいっても、同じ森の南東部から南西部にだけど、距離的には離れてるから安心して」
「じゃあここにはいないの?」
「この場所にはいない。デイモンマが生息できる場所を調査したのも、全部のデイモンマを他の場所へ移したのも、僕が関与したから、いないと断言できる」
「あ・・・そう」
「良かった」という思いと、「どうして?」という疑問が、私の頭に浮かぶ。
それは顔にも出てたようだ。
テオが歩きながら話してくれた。
「カイルから頼まれたんだ」
「え」
私は歩きながら、思わずテオを見た。
「ナギサがここの地理を知って、自分がこの森で迷ったと分かれば、手がかりを求めていつかはここに来るかもしれないと、カイルは見越していたと思う。ただ、デイモンマの生息地は、元々立入禁止になってる・・・」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあデイモンマを他の場所に移せって言ったのは、カイルなの?」
私の、ために・・・?
「もちろん。そういう命令ができるのは、国王(リ)しかいないよ」
「あ・・あ、そうだよね」
納得です・・・はい。
「しかし、いくら国王でも、デイモンマを絶滅させる権限までは、さすがに持ってない。それにカイルは、人と生物が仲良く共存できる場を作るという考えの持ち主だ」いうテオの意見に、私は頷いて同意した。
「カイルは・・・私が元いた世界へ帰るために、いつかアクション起こすって分かってたんだ」
「そりゃそうだよ。ナギサは自分が来たくてここに来たんじゃないだろ?」
「・・・そうだね」
だからカイルは、私にそこまで関わろうとしなかったんだ。
私は、いついなくなっても、「あ、そう」程度で終わる存在。
異世界から来たよそ者。
じゃあ、元いた世界に戻ることが、最善なんだよね。
私にとっても・・・カイルにとっても。
だからこんなに悲しい気持ちに浸らなくてもいいんだよね。
泣きそうになった私は、うつむきながら歩いた。
「それにしても、ナギサはラッキーだったよ」
「・・・なんのこと?」
「デイモンマに噛まれたとき、カイルが見つけて病院へ運んでくれたこと」
「あ!そうだよね!もしヘンなオジサンとかだったら・・・」
「いやいや、まあ・・・それもあるけど。デイモンマの解毒をしたとき、輸血をされたことは覚えてる?」
「ううん」
ていうか、どういう解毒治療がなされたのか、私は知らない。
「あ、そう。ナギサはとても珍しい血液型で、輸血の血が足りなかったんだって。でも本当に偶然、ナギサの血液型はカイルと同じで、その場にいたカイルが自分の血を使わせたんだよ。だからナギサはカイルに見つけてもらって、本当にラッキーだった」
な、何それ。私知らない・・・あ、もしかして。
あれから1週間採血したのは、解毒が効いてるかどうか確かめてるってドクターが言ってたけど、本当はそれだけじゃなくて、カイルの血が私の体に合うかどうかを確かめていたのかもしれない。
そして私は今も元気、ということは、カイルの血は私に合ってるということだ。
私の体にカイルの血が流れてる・・・。
「・・・そういえば、カイルはあらゆる毒が効かない体だって、前テオは言ってたよね」
「うん。カイルの血液型が珍しいから、そういう体にした方がいいってことになってね。それが前言ってた特別な事情。あんまり知られちゃいけないことだけど、ナギサだったら・・・ナギサ?」
『俺はそう簡単に殺られはせん』
・・・そうだよね。
カイルはそう簡単に死ぬ人じゃない。
「ナギサ?どうした?行くよ」
「わた、私・・・」
『この俺に二度以上同じことを言わせる気か』
『俺の保護の下、王宮で暮らせ。俺の女として』
『テンバガール』
『何の花が咲くのか、どんな実が成るのか。俺に教えてくれ』
『ナギサ』
カイル・・・カイル!
「ナギサ?」
「私、今は行けない。だって・・・カイルにお礼、言ってない。私を、助けてくれたこととか、王宮に置いてくれて、豪華な部屋まで用意してくれたこととか、服や食事やまでくれたこととか、ある程度の自由をくれたこととか・・・。種だって育てないと、カイルに・・・カイルに教えたい・・・」
そのとき、私のバッグの中から振動を感じた私は、ピタッと泣き止んだ。
「えっ!?」
「どうした、ナギサ」
「これは・・・」
私はバッグの中からスマホを取り出した。
「今これがふるえた気がして・・」と言った矢先、スマホからピピっという音が聞こえた。
私は「うわあっ!」と叫んで、危うくスマホを落としそうになってしまった。
だって・・・スマホの電源入ってないし、バッテリー切れだし、もう長い間充電してないから、オンにはならない状態のはずだから。
現にスマホはオフのままなのに、さっきから4・5秒おきにピピッという音を発している。
テオと私は顔を見合わせ・・・テオは顔中笑顔になった。
「テオ、これ・・・」
「やっぱり僕の仮説は正しいのかもしれない!この場所のどこかに、ナギサの世界とここを結ぶ時空の出入口がある。そしてその場所は、ナギサが持ってる、えーっと、スマホ、だっけ?」
「うん」
「それが探知機みたいな役割を果たしてると僕は思う」
「じゃ、じゃあ、私の他にもこの世界に迷いこんだ人がいるってこと?」
「かもしれないね。僕の仮説では、晴れている満月の夜、そしてこのデューブ・フォラオイゼ(黒い森)という場所、気温や気候、湿度、そういった条件が合って、初めて時空の扉が開かれると思う・・・」
「でも、私がここに迷いこんだのは昼間だよ。少なくとも外は明るくて、満月は出てなかった・・・あ」
「なに」
「でもあの日、私がいた世界は夜で、確か・・・満月だったと思う」
ピピッという音が響く中、テオに両手を握られた私は、彼と向かい合った。
「ナギサは本当に帰りたくないのか?」
「今は・・・いい」
「そう。じゃあ僕は行く」
「・・・え!?テオ?行くって、どこに?」
「日本」とテオは答えると、ニッコリ笑った。
「ど、どうして・・」
「日本という国に興味があるから。そのために僕はナギサから日本語を教えてもらったり、日本のことを聞いていたんだ」
「で、でも、日本に行けるとは限らないよ?どこか他の国とか、ううん、もしかしたら全然違う世界へ行ってしまうかもしれないよ?ヘタすると無重力の空間に飛ばされちゃうかもしれないよ!」
「アハハ!そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。行ってみないと分からないだろ?」
「そ・・・いつ戻れるのか、もしかしたら戻れないかもしれないのに・・・」
「時空の出入口さえ分かっていれば、いつでも戻ってくることができるはずだ」
「テオ・・・」と言いかけた私を、テオが制した。
「ナギサ、僕は生きているうちに、色々な世界を見てみたい。たとえそれでイシュタールに戻ることができなくても、それは僕が選んだ道だ」
「テオ・・・」
「ナギサが気にすることじゃない。それに大丈夫、僕は戻って来るから」
「ほ、ほんと?」
「本当だ。そして僕が戻ることで、ナギサはいつでも戻ることができると証明してみせる」
「・・・約束して」
「うん。約束だ」
何を言っても、どうあがいても、私じゃテオを止めることはできない。
私はテオに泣きながら微笑んだ。
そしてテオは私の額に軽くキスをした。
「元気で」
「うん」
「気をつけてね」
「うん。すぐ帰ってくる」
別れの挨拶をして、手に持っていたスマホをテオに渡そうとしたそのとき、私の手が誰かにつかまれた。
「え」と言ってる間に、私の体は後ろへ放り投げられた。