砂の国のオアシス
2
それから私は、ヒルダさんと一緒に、私の部屋へ戻った。
パスポートとIDカード、そしてクレジットカードの大事な3点セットは、とりあえずベッドサイドテーブルの引き出しへ入れておく。
・・・金庫ほしいなぁ。
でもこの部屋へは、ヒルダさんとテオと・・・カイルしか来ないし。
あ、でもテオがあっちの世界へ行ってしまったのなら、今後テオは来ないか。
とにかく、誰かが勝手に侵入して、盗みに来るとは思えないという点は、よかったって思った。
そうこうしている間に、ヒルダさんがランチを持ってきてくれた。
二人分ある、ということは・・・。
思ったとおり、ヒルダさんも部屋で一緒に食べてくれて、とても嬉しかった。
それからヒルダさんと別れた私は、花壇の水やりをしに、庭へ出た。
もしかしたら、この子たちのお世話をするのは、昨日が最後になっていたかもしれなかったんだよね。
でも私は今、ここにいる。
あのとき・・・花か実をカイルに教えるという約束を、まだ果たせていなかったから。
ううん。
本当は、それだけじゃない。
行けるかどうかは分からない状況だったけど、せめて行く前に、カイルにはちゃんとお礼を言っておきたかった。
『俺に礼を言えば、おまえは心おきなく元いた世界へ戻れるのか?』
それは・・・分からないけど、カイルの腕の中で眠りに落ちる直前、この人と離れたくないと強く思った。
でもいいのかな。
異世界から来たエイリアンの私は、この世界に属してないと思うし、昨夜はカイルを・・・満足させることはできなかったと思う・・・たぶんだけど。
「厄介者で一文無しで何の役にも立たない私が、ここにいてもいいのかな」
なんて花壇に話しかけても、もちろん答えは返ってこない。
私はフゥとため息をついた。
「モヤモヤした思いは心に溜めず、外に吐き出しましょう!」とヒルダさんから何度か言われたことを、ふと思い出した私の顔が、ついほころんでしまう。
・・・そうだよね。
こんなことをここで考えても、答えは出ない。
それに今私は、イシュタール王国にいるんだし。
私は「よっこいしょ」と言いながら立ち上がると、あてもなく庭を歩き始めた。
20分ほど歩いた頃、前から歩いてるジェイドさんが手をふってきた。
どうやら私を探していたようだ。
カイルから伝言でもあるのかな。
とにかく私は、ジェイドさんのほうへ歩いて行った。
「ここにいたのね」
「・・・何か」
「あぁっと、はいこれ。あなたのでしょ?返しておくわ」と言ってジェイドさんが手渡したのは、私のスマホだった。
私は「・・・どうも」とつぶやきながら、機械的に手を伸ばして、スマホを受け取った。
そのままスマホをガン見している私に、ジェイドさんが「どうしたの」と聞いてきた。
「これ・・・ピピッて音が鳴ってませんでしたか?」
「音?覚えてないけど、私たちが帰る頃には鳴ってなかったわよ」
「あ、そう・・・」
てことは、あの音は幻聴だった?
いや、でもその場にいたテオも聞いてたし。
ってそれより!!
「テオは!」
「え?ああ。テオドー、テオなら今日は大学へ行ってるわよ」
「じゃあテオ・・・あっちの世界へ行けなかったんだ・・・」
「じゃなくて、最終的には自分で行かないと決めたのよ」
「・・・え」
思わずジェイドさんの顔を見た私は、「あれ?」と思った。
なんかジェイドさん、いつもと雰囲気違う。
「あぁ分かった!」
「何」
「ジェイドさん、今日は髪を下ろしてる!」
イシュタール人の女性は、髪を伸ばす風習がある。
だからヒルダさんやジェイドさん、王宮で働くイシュタール人女性はもちろん、町で見かけたイシュタール人女性は、みんなロングヘアだ。
でも私の髪は、肩にかかるかかからないかってくらいの長さしかない。
だから華やかな後宮集団からは、「野蛮だ」と陰口をたたかれることがある。
私はイシュタール人でもないのに、イシュタールの民族衣装を、しかもどうやら高い身分の女性が着る衣装を着ていることが、後宮の集団には腹立たしくてならないようだ。
そんなことを言われても、髪の毛は1日で10センチ伸びるわけでもないし。
髪を伸ばしていれば、どういう髪型にしようが、色をつけようが、それは個人の自由で、ジェイドさんとヒルダさんは、いつもおだんごヘアにしている。
二人とも「これが一番仕事しやすいから」と言っていたけど、理由はそれだけじゃない。
王宮では私の髪が短いから、私と会うときは、いつもキッチリとまとめてくれていると、ある日ヒルダさんが「ジェイドの秘密です」と言って、こっそり教えてくれた。
ということは、ジェイドさんと同じ髪型にしているヒルダさんもそうだと気がついて。
これ以上私が王宮内で浮かないように、そして、よそ者の私に合わせてくれる二人の心遣いがとても嬉しくて、ありがたい。
以来、ヒルダさんはもちろんだけど、口の悪いジェイドさんのことは、悪い人じゃないと分かった。
そのジェイドさんが、今日は髪を下ろしている。
背中の真ん中ほどあるブロンドは、真っ直ぐ伸びたストレートで、ジェイドさんらしいと思った。
「あ?ああぁ、うん。ちょっとねー」と言うジェイドさんの目は泳いでいる。
いつものハキハキした口調でもないし。
どうしたんだろ、と思ったそのとき、ジェイドさんが長いブロンドの毛先を少し持って、いじり始めた。
それで私は、ジェイドさんの首筋にバンドエイドが貼ってあるのが見えた。
「ジェイドさん、ここ、どうしたんですか?」
「おっ!?・・・っと、これ・・・だからあいつに言われてゲッて思って!」
私に顔を近づけて、やけ気味に叫ぶもんだから、ジェイドさんの右の耳たぶについている丸い白銀のダイヤのピアスが見えてしまった。
「ジェイドさん。それ・・・・・・」
私はそれ以上言葉が出なくて、ジェイドさんのピアスを震えながら指し示すことしかできない。
ジェイドさんの耳には、いつもピアスがついていたけど、今つけられているダイヤのピアスを見たのは、今日が初めてだ。
あれはきっと・・・カイルからつけてもらったんだ。
「昨夜。私が寝た後で。私に満足できなかったカイルは、あれからジェイドさんのところへ行ったんだ・・・」
「はあ?あんた、何勘違いしてんのよ!?」とジェイドさんに叫ばれて、私は口に出して言ってたと気がついた。
「それよりナギサッ!なんで泣くのよ!もう・・・こっちに来なさい!」
ジェイドさんは、強引だけど優しく私の手を引きながら、近くにあるベンチへ座らせると、私の隣に優雅に腰かけた。
「このピアスは・・・テオドールからもらったの」
「・・・・・・は?」
私は、眉がくっつきそうなくらい眉間にしわを寄せて、ジェイドさんの美人顔を凝視した。
「ついでに言うと、ここのキスマークだって昨夜・・・あいつにつけられたし」
「あいつ、って?」
「テオに決まってんでしょ!他に誰がいるってーのよっ!」
「すすすみませんっ」
照れ隠しなのか、ジェイドさんの勢いに押された私は、すっかり泣き止んだ上に、ジェイドさんから無意識に距離を置いていた。
「ったく。あいつってば、こんなところに跡つけやがって。仕事あるからつけないでって言ったら、見えないとこだけつけるって言ったくせに、しれーっと所有欲丸出ししやがって!」とわめいていたジェイドさんが、不意に私の方を見た。
「ひっ」と恐れおののく私に、ジェイドさんはニッコリ微笑む。
あぁ、美人ってどんな表情をしてもキマるけど、やっぱりジェイドさんの笑顔はステキだ。
でもなんか企んでるように見える気が、しないこともないんですけど・・・。
「その点、兄弟って思考が似てるのかしらね。あなたにもついてるわよ」
「・・・・・・は、い?」
ジェイドさんが自分の首筋に手を当てて教えてくれたところは確か・・・カイルが何度も何度もキスをしていた。
髭が伸びかけで、ザラザラした肌で、チクチク感じたんだよね。
首筋だけじゃなくて、胸あたりとか、おなかとか脇腹とか腿とか・・・。
とにかく、体のあちこちに赤い点がついてるなーって思ったけど・・・。
それがいわゆるキスマークですか!?
パスポートとIDカード、そしてクレジットカードの大事な3点セットは、とりあえずベッドサイドテーブルの引き出しへ入れておく。
・・・金庫ほしいなぁ。
でもこの部屋へは、ヒルダさんとテオと・・・カイルしか来ないし。
あ、でもテオがあっちの世界へ行ってしまったのなら、今後テオは来ないか。
とにかく、誰かが勝手に侵入して、盗みに来るとは思えないという点は、よかったって思った。
そうこうしている間に、ヒルダさんがランチを持ってきてくれた。
二人分ある、ということは・・・。
思ったとおり、ヒルダさんも部屋で一緒に食べてくれて、とても嬉しかった。
それからヒルダさんと別れた私は、花壇の水やりをしに、庭へ出た。
もしかしたら、この子たちのお世話をするのは、昨日が最後になっていたかもしれなかったんだよね。
でも私は今、ここにいる。
あのとき・・・花か実をカイルに教えるという約束を、まだ果たせていなかったから。
ううん。
本当は、それだけじゃない。
行けるかどうかは分からない状況だったけど、せめて行く前に、カイルにはちゃんとお礼を言っておきたかった。
『俺に礼を言えば、おまえは心おきなく元いた世界へ戻れるのか?』
それは・・・分からないけど、カイルの腕の中で眠りに落ちる直前、この人と離れたくないと強く思った。
でもいいのかな。
異世界から来たエイリアンの私は、この世界に属してないと思うし、昨夜はカイルを・・・満足させることはできなかったと思う・・・たぶんだけど。
「厄介者で一文無しで何の役にも立たない私が、ここにいてもいいのかな」
なんて花壇に話しかけても、もちろん答えは返ってこない。
私はフゥとため息をついた。
「モヤモヤした思いは心に溜めず、外に吐き出しましょう!」とヒルダさんから何度か言われたことを、ふと思い出した私の顔が、ついほころんでしまう。
・・・そうだよね。
こんなことをここで考えても、答えは出ない。
それに今私は、イシュタール王国にいるんだし。
私は「よっこいしょ」と言いながら立ち上がると、あてもなく庭を歩き始めた。
20分ほど歩いた頃、前から歩いてるジェイドさんが手をふってきた。
どうやら私を探していたようだ。
カイルから伝言でもあるのかな。
とにかく私は、ジェイドさんのほうへ歩いて行った。
「ここにいたのね」
「・・・何か」
「あぁっと、はいこれ。あなたのでしょ?返しておくわ」と言ってジェイドさんが手渡したのは、私のスマホだった。
私は「・・・どうも」とつぶやきながら、機械的に手を伸ばして、スマホを受け取った。
そのままスマホをガン見している私に、ジェイドさんが「どうしたの」と聞いてきた。
「これ・・・ピピッて音が鳴ってませんでしたか?」
「音?覚えてないけど、私たちが帰る頃には鳴ってなかったわよ」
「あ、そう・・・」
てことは、あの音は幻聴だった?
いや、でもその場にいたテオも聞いてたし。
ってそれより!!
「テオは!」
「え?ああ。テオドー、テオなら今日は大学へ行ってるわよ」
「じゃあテオ・・・あっちの世界へ行けなかったんだ・・・」
「じゃなくて、最終的には自分で行かないと決めたのよ」
「・・・え」
思わずジェイドさんの顔を見た私は、「あれ?」と思った。
なんかジェイドさん、いつもと雰囲気違う。
「あぁ分かった!」
「何」
「ジェイドさん、今日は髪を下ろしてる!」
イシュタール人の女性は、髪を伸ばす風習がある。
だからヒルダさんやジェイドさん、王宮で働くイシュタール人女性はもちろん、町で見かけたイシュタール人女性は、みんなロングヘアだ。
でも私の髪は、肩にかかるかかからないかってくらいの長さしかない。
だから華やかな後宮集団からは、「野蛮だ」と陰口をたたかれることがある。
私はイシュタール人でもないのに、イシュタールの民族衣装を、しかもどうやら高い身分の女性が着る衣装を着ていることが、後宮の集団には腹立たしくてならないようだ。
そんなことを言われても、髪の毛は1日で10センチ伸びるわけでもないし。
髪を伸ばしていれば、どういう髪型にしようが、色をつけようが、それは個人の自由で、ジェイドさんとヒルダさんは、いつもおだんごヘアにしている。
二人とも「これが一番仕事しやすいから」と言っていたけど、理由はそれだけじゃない。
王宮では私の髪が短いから、私と会うときは、いつもキッチリとまとめてくれていると、ある日ヒルダさんが「ジェイドの秘密です」と言って、こっそり教えてくれた。
ということは、ジェイドさんと同じ髪型にしているヒルダさんもそうだと気がついて。
これ以上私が王宮内で浮かないように、そして、よそ者の私に合わせてくれる二人の心遣いがとても嬉しくて、ありがたい。
以来、ヒルダさんはもちろんだけど、口の悪いジェイドさんのことは、悪い人じゃないと分かった。
そのジェイドさんが、今日は髪を下ろしている。
背中の真ん中ほどあるブロンドは、真っ直ぐ伸びたストレートで、ジェイドさんらしいと思った。
「あ?ああぁ、うん。ちょっとねー」と言うジェイドさんの目は泳いでいる。
いつものハキハキした口調でもないし。
どうしたんだろ、と思ったそのとき、ジェイドさんが長いブロンドの毛先を少し持って、いじり始めた。
それで私は、ジェイドさんの首筋にバンドエイドが貼ってあるのが見えた。
「ジェイドさん、ここ、どうしたんですか?」
「おっ!?・・・っと、これ・・・だからあいつに言われてゲッて思って!」
私に顔を近づけて、やけ気味に叫ぶもんだから、ジェイドさんの右の耳たぶについている丸い白銀のダイヤのピアスが見えてしまった。
「ジェイドさん。それ・・・・・・」
私はそれ以上言葉が出なくて、ジェイドさんのピアスを震えながら指し示すことしかできない。
ジェイドさんの耳には、いつもピアスがついていたけど、今つけられているダイヤのピアスを見たのは、今日が初めてだ。
あれはきっと・・・カイルからつけてもらったんだ。
「昨夜。私が寝た後で。私に満足できなかったカイルは、あれからジェイドさんのところへ行ったんだ・・・」
「はあ?あんた、何勘違いしてんのよ!?」とジェイドさんに叫ばれて、私は口に出して言ってたと気がついた。
「それよりナギサッ!なんで泣くのよ!もう・・・こっちに来なさい!」
ジェイドさんは、強引だけど優しく私の手を引きながら、近くにあるベンチへ座らせると、私の隣に優雅に腰かけた。
「このピアスは・・・テオドールからもらったの」
「・・・・・・は?」
私は、眉がくっつきそうなくらい眉間にしわを寄せて、ジェイドさんの美人顔を凝視した。
「ついでに言うと、ここのキスマークだって昨夜・・・あいつにつけられたし」
「あいつ、って?」
「テオに決まってんでしょ!他に誰がいるってーのよっ!」
「すすすみませんっ」
照れ隠しなのか、ジェイドさんの勢いに押された私は、すっかり泣き止んだ上に、ジェイドさんから無意識に距離を置いていた。
「ったく。あいつってば、こんなところに跡つけやがって。仕事あるからつけないでって言ったら、見えないとこだけつけるって言ったくせに、しれーっと所有欲丸出ししやがって!」とわめいていたジェイドさんが、不意に私の方を見た。
「ひっ」と恐れおののく私に、ジェイドさんはニッコリ微笑む。
あぁ、美人ってどんな表情をしてもキマるけど、やっぱりジェイドさんの笑顔はステキだ。
でもなんか企んでるように見える気が、しないこともないんですけど・・・。
「その点、兄弟って思考が似てるのかしらね。あなたにもついてるわよ」
「・・・・・・は、い?」
ジェイドさんが自分の首筋に手を当てて教えてくれたところは確か・・・カイルが何度も何度もキスをしていた。
髭が伸びかけで、ザラザラした肌で、チクチク感じたんだよね。
首筋だけじゃなくて、胸あたりとか、おなかとか脇腹とか腿とか・・・。
とにかく、体のあちこちに赤い点がついてるなーって思ったけど・・・。
それがいわゆるキスマークですか!?