砂の国のオアシス

私とジェイドさんは顔を見合わせると、クスクス笑った。
あぁ恥ずかしい・・・。

「私、ジェイドさんはずっとカイルとその・・・つき合ってると思ってました」
「あー、周りにはそう見せてたからねぇ。カイルのことは人として好きだし、国王(リ)としての見事な采配ぶりは尊敬してる。さすが紫龍(しりゅう)神と呼ばれてるだけのことはあるわ」
「紫龍神?」
「そ。この世界は、神の化身である5頭の龍によって創られた。そのうちの1頭である赤龍(せきりゅう)の子どもの紫龍によって、イシュタール王国は創られたという伝説があるの」
「龍って実在するんですか」
「しないわよ。これはあなたが好きなえーっと、神話だっけ?」とジェイドさんに聞かれた私は、コクンとうなずいた。

「そういう類の話。でもイシュタールには紫龍剣というのがあってね。これは代々の国王だけが持つことができるの。だから今はカイルが持ってるわよ」
「腰につけてるあれですか?」
「うん。あの剣には力が宿っていると言われてる。どういう力があるのかは、私も知らない。カイルが紫龍剣を抜いたところを見たことないし。テオは何度かあるって言ってたっけ」
「へぇ」
「興味あるならカイルに聞いてみたら?」
「あぁ・・・これ、機密事項じゃないですよね?」
「さあ。どこまで話すか、あいつも考えてしゃべるんじゃない?」

そうだよね。
もしかしたら「気が向いたらな」とはぐらかされて終わるかもしれないけど・・・今度カイルが部屋に来たとき聞いてみよう。

「とにかく、イシュタール王国が中立国としてずっと平和を保っていられるのは、歴代の国王が近隣諸国に及ぼしてる影響力が大きいから」
「というと・・?」
「近隣諸国の王たちは、うちの国王を本気で怒らせたくないってこと。だからイシュタールは他国のいざこざに極力関わらないし、他国もイシュタール(ここ)を、進んでいざこざに巻き込もうはしない。つまりここは、一目置かれてる国なの。孤立とは違うわよ」
「なるほど」
「それだけイシュタールの国王が他国に影響力を及ぼしてるのは、国王が国のため、民のために正しく力を使ってるから。もし我欲に駆られて独裁政治をすれば、国民の不満が募っていつか滅びる。アルージャのように」
「そうですね」

いつもながら、ジェイドさんの説明は分かりやすい。
私はウンウンと頷きながら、ジェイドさんの話を聞いていた。

「うちは高官の一族だけど、実際のところ、私の両親はそんなに高い身分じゃないの」
「え。高官の中にもランクみたいなのがあるんですか」
「あるわよ。家柄とか家名が大事って思ってる人たちは、まだまだ存在する。もっとも、そういうことにこだわる人たちって、いわゆる身分の高い人たちだけどね」
「庶民には家柄って関係ないですもんね」
「そういうこと。私の母の家は没落寸前の貴族で、財政援助をしてもらうために父と結婚したんですって。そのおかげで母の実家は少し上向いたらしいけど、それでも父方の家柄は、元々そこまで高くないから、先が限られてる」

ジェイドさんの話聞いてたら、なんか・・・庶民のほうが気楽でいいなーって思ってしまった。

「前国王であるスカイラー様は、身分を気にしないという考えの御方でね。それで私は子どもの頃からカイルたちと遊んでた。でも将来のことを決める時期が来て、現実を直視せざるを得なくなって・・・。私には2つの選択肢があった。うちより家柄の良いところへ嫁がされるか、それとも後宮へ行くか」

一つ一つ指を折って「選択肢」を言ったジェイドさんの横顔は、とても寂しく見えた。
声だってとても悲しそうに響いて・・・。

「どっちか選べと言われれば、後宮のほうがいいと思った。家柄の良い男はテオドールじゃない。後宮に行けば、王族の誰かに抱かれることになるけど、それでもいつかは・・・テオに抱かれる可能性があるし」
「そんな・・・」

なにその選択肢!
どっちも嫌なんだけど!!
イシュタールって「豊かな中立国」でありながら、まだ古い風習に囚われてるところがあるんだ・・・。

「嫌よね。好きでもない男のとこへ嫁ぐことも嫌だし、後宮の女として好きでもない男に抱かれることも嫌。仮に後宮でテオに抱かれても・・・そこに心がこもっていなければ、やっぱり嫌だと思った。ある日テオに言ったの。“私、後宮に入ろうかなー”って。いくら仲良しとはいえ、王家の人に本音を言うわけにはいかないからサラッとね。それにテオの反応を見たかった」

そのときのことを思い出したのか、ジェイドさんは顔を上げて青空を仰ぎ見ながら、遠い目をしていた。

『いつか私を抱いてくれる?』
『断る』

「はあ?断るって・・・」
「もう即答よ!しかもそれだけ言って、サッサと歩いて行っちゃったの、あいつ!でも・・・テオドールがあんなに怒ったところ、初めて見た」
「あ、そう・・・」
「それで後宮にも入れない、というより入る気なくして。でもテオ以外の男と結婚することも論外。外国へ行って、一人で一から出直したほうがいいのかと思ったけど、テオから離れたくないし、十分なお金もない。どうしようと思っていたとき、カイルが助けてくれた」
「え。どうやって」
「自分の片腕として働けと。そのために、まず大学へ行って勉強をしてこいと言われた。学費はカイルが出してくれた、と思ってたんだけど、実はテオが出してくれていたの」
「わ・・あ」

じゃあその頃からジェイドさんとテオは、お互い相思相愛だったんじゃないの!?

「でもそれを知ったのは昨日の夜。とにかく、私はイシュタール大学で政治学を専攻した。成績が良かった私は大学院まで進んだ。そしてカイルが国王になったとき、あいつに秘書として抜擢されたの。そのとき“提案”を持ちかけられた」
「提案、って?」
「プライベートでも仲が良いフリをすることで、カイルは妃を娶れとか早く世継ぎを、と周囲からあまり言われなくなる。そして私は、カイルが背後にいることで、後宮に行かされることはもちろん、どこかの男と無理矢理結婚させられることもない。つまりお互い身近に置くことで、隠れ蓑にしてたわけ」
「は、あ・・・なるほどー」
「それはカイルと私にとって、役立っていたというか、利点だったというか・・・。でもそれは、テオから見たら、私たちがつき合ってて、自分が入る余地がないって見えていたみたい」
「あぁ。でもテオが勘違いしてたの分かる」
「それだけ周囲を騙せてたってことよね」とジェイドさんは言うと、フフッと笑った。

「とにかく、私はずーっとテオ一筋だったから、今までも、カイルと仲良いフリをしていた間も、他の男とつき合ったことなんかない。だから昨夜がロストバージンだった・・・」
「えええっ!!マジで?」
「マジで。結構痛かったわよね」とボソッとつぶやいたジェイドさんに、私は「かなり」と言って同意した。

「でも・・私も昨夜が初めてだったから・・・カイルを満足させることができなかったと・・・思う」
「こういうのって、後宮の女みたく、テクニックがあれば良いに越したことはないでしょうけど、でもそこに相手が好きって気持ちがこもってなければ、テクも活かされないと思う。大事なのは、相手が好き、愛してる、相手に触れたい、触れてほしいって気持ちをどれだけこめるか。そこに経験は関係ないと私は思う。言っとくけど、あなたがここに来て以来、カイルは後宮へ行ってないわよ」
「え」
「私とつき合ってるフリしてる間は行ってたわよ。抱かれることまで“提案”に入ってないって私が突っぱねてたから。それにカイルは、私がテオドールのことを好きだと知ってたから無理強いはしなかったし、“おまえを抱く気にもならん”って言ってたし。テオは私がヴァージンだと知って、すごく驚いてた」

そうジェイドさんは言ってアハハと笑うと、また話し続けた。

「だからあなたが王宮にいることを、後宮の女たちは快く思ってないわけ」
「あぁそれで・・・」

華やかな後宮女性集団から、「ここから出ていけ」と遠回しに、時折ダイレクトに言われたのか。

「あなたに害が及ぶから、あまり後宮の女たちを刺激するなとカイルには言ってるんだけどねぇ。相変わらず我が道を行ってるというより・・・かなり先走ってると思うんだけど」

ジェイドさんはちょっと間を置いて、私の服をチラッと見た。
やっぱり、今まで着ていた服と違うのかな。

「あ、そうだ。ジェイドさん」
「なに」
「“グラ・ドゥ”ってどういう意味か知ってますか」

ジェイドさんは2・3秒私を無言で見ると、ゲラゲラ笑いだした。
ヒルダさんは嬉し泣きをしたのに対して、ジェイドさんは笑いすぎて泣いている。
“グラ・ドゥ”って良い意味なのかな、と疑問になってきた。

ジェイドさんは「ごめんねー」と言いながら、白いハンカチで目頭の涙を拭くと、深呼吸をして私を見た。

「“ナギサにはまだ言うな”と、今朝一番にカイルから口止めされたの」
「・・・・・・は」
「ついでに言っておくと、その場にはテオもいたから、テオに聞いても教えてもらえないわよ」
「は、あ・・・」
「さらにつけ足すと、王宮にいる者全員に口止めしておけって言われたから・・・あぁもう、知られたくないなら言わなきゃいいのに!バッカじゃないの?あいつ!」と言ってまた笑い出したジェイドさんを見つつ、私はただあっけにとられていた。

王宮にいる全員って・・・。
ここで私に話しかける人なんて、カイルとジェイドさんとヒルダさんとテオしかいないじゃない!

「ここまで阻止されると、ますます知りたくなる!こうなったら町へ行って、市場の誰かに聞こうかな。でも・・・もしカイルが知ったら、その人を斬るって言い出すかも。ていうか、町の人たちにも私には言うなって緘口令敷くかも。カイルならやりかねない・・・」とブツブツ言ってる途中、ジェイドさんの視線を感じた。

いつの間にかウケ笑いが止まっていたジェイドさんは、不思議そうな顔で私を見ていた。

「あなた、カイルのことよく分かってるのね」
「よく分かるっていうか。あの人、ヘンなところでムキになるときあるし」
「・・・そうね。カイルがあなたを手放したくない理由が分かる気がするわ」
「気晴らしになってるから?」
「良い意味でね。あなたはカイルのことを、国王(リ)という目で見ていない」
「そりゃあ私は、不慣れなよそ者だから」
「カイルにはそういう女性がそばにいてもいいと私は思う。そして・・・ナギサにはいつまでもここにいてほしいわ」
「ジェイドさん・・・」

私を見るジェイドさんは、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「せっかく仲良くなれたんだし。これからも時々会っておしゃべりしましょうよ」とジェイドさんに言われた私は、喜んで「うん」と返事をした。


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