砂の国のオアシス

7 (カイル視点)

午前中、南へ行くエミリアを王宮の門前まで見送った後、俺は部屋にこもって公務に没頭していた。
明日はあれと南へ出かけるためにも、最低限の公務は終わらせておかなければ。

そのとき、俺直通のフォンが鳴った。
集中力を一瞬殺がれたことに舌打ちしながら画面(ディスプレイ)を見ると、「管理センター」と表示されている。

何事か。

「俺だ」
「リ・コスイレ。先程町の現金引きおろし機にて、リ・コスイレの私口座より、10万イシュタールギルダが引き下ろされましたことを、御報告させていただきます」
「何?」

俺以外で俺のプライベート口座から金を引き出すことができる奴は、一人しかいない。
・・・あいつめ!

「あれは今どこにいる」
「どうやら御車で南西の方角へ移動中のところを見ますと、空港のほうへ向かわれているのではと・・・」
「分かった」と言いながら、俺は椅子から立ち上がっていた。

「ナギサの居場所が特定出来次第、俺に連絡しろ。俺も今から空港へ向かう」
「かしこまりました、リ・コスイレ」という返事が聞こえた頃、俺はすでに部屋を出ていた。


俺は管理センターのフォンを切ると、すぐにヒルダへ連絡を取った。

「ヒルダか。俺だ。今すぐナギサの部屋に行ってくれ」と言い終えると、後ろを歩く護衛たちに「空港へ行く」と伝える。

町でナギサがひとりでいるのを見つけた輩に誘拐された可能性も、僅かだがある。
となれば、あれの意志で10万ギルダを引き出したことにはならん。

しかし、国王(リ)である俺の女の身代金が、たったの10万ギルダとは考えられん。
ならば、やはりあれが自分の意志で引き下ろしたか・・・くそっ。


それからすぐにヒルダから連絡が来た。

「ナギサ様は御部屋にはおりません。御部屋を出られて少なくとも2時間近くは経っているかと思われます」
「パスポートとIDはそこにあるか」
「いえ、ございません。唯一御持ちのバッグもございません。町へ行く服へ着替えられた形跡がございます。そしてフォンはここに置いてあります」
「だろうな」
「あの・・カイル様。ナギサ様はまさか・・あぁ申し訳ございませんっ!ワタクシが引き続きナギサ様の護衛をしていれば・・・」
「俺がしなくても良いと言ったんだ。己を責めるな。それにあれにはピアスをつけている」
「さ、さようでございますね、はい・・・」
「案ずるな。ナギサは俺がすぐ連れ戻す」

今日からナギサに始終張り付く必要はないとヒルダに言ったのは甘かったか。
なるべくあれを自由にさせたいと思った故の処置だったが・・・。

「・・・テンバガールめ!」

俺の握力で壊してしまう前に、持っていたフォンをポケットにしまい込んだ。



公用車に乗り込んですぐ、管理センターから連絡が来た。
やはりナギサは空港へ行っていた。

フォンを握る左手にグッと力が入る。

「空港だ」
「承知しました、カイル様。では心置きなく・・・飛ばしますっ!」

と運転しているトールセンは言うと、スピードを上げた。
それに合わせて、助手席にいるウィンが、慌ててサイレンをセットする。
これで「緊急事態でスピード違反をしている」という“言い訳”が成り立つ。
国王(リ)といえども、法律は守らなければならない。
そしてリ・コスイレ(国王様)としての特権は、上手に利用すべし。



その後すぐ、航空管理局局長からも連絡が来た。

予測した通り、やはりあのサイレンが鳴ったか。
俺の顔が思わずにやける。

「その小娘は今どこにいる」
「只今隣の局長室でお待ちいただいております」
「俺が行くまでそこで待たせておけ。10分で行く」
「かしこまりました、リ・コスイレ」




スピード狂のトールセンの運転のおかげで、10分以内でセフィラ国際空港へ着いた。
いつも通り、王族専用の出入口から中へと入る。
突然の国王(リ)の登場に、航空局の職員たちは驚きながらも、礼儀正しく頭を下げて挨拶をする。
躾は成っているなと他人事のように思いながら、俺の頭の中の殆どを占めているのはナギサのこと。

・・・気に入らん。
頭に血が上るのは、あれだけで十分だ!

だが俺は歩みを速めた。
あれに・・ナギサの姿を見て安心するために。




俺が局長室のドアを開ける前に、ウィンがノックをした。
早く中へ入りたいという苛立ちが増した俺は、右手をこぶしに握りしめて、ウィンを睨みつける。

だがウィンは、いつもの俺の“苛立ち”に慣れているのか、俺の視線を気にもせず、「リ・コスイレがお越しになりました」とドアの向こうに言った。

そして俺の横から「カイル様。局長殿に非があるわけではないということをお忘れなく」と、トールセンが小声で言ってくる。

「分かっておる。早く開けろ」と言う声が聞こえたのか。
中から局長がドアを開けた。



「これはこれは、リ・コスイレ。ようこそ・・・」
「Leave us」

型式ばった局長の挨拶など、聞く必要はない。
それより今は、怯えた目をして俺を見るナギサと「話」をすることが最優先。
局長への指示はその後だ。

何か言いかけた局長を視線で黙らせ、右手を前に出すことで、奴を外へ追い払った。

ドアが閉まった音が、後ろから聞こえた。
俺はナギサから視線をそらさず、一歩ずつ近づいた。
怯えているこれは、この場から逃げ出したいようだが・・・まだだ。

俺はナギサを見ながら紫龍剣を抜き、目の前にいるこれに、剣を振り下ろした。

「きゃああぁ!」という女の叫び声が部屋に響き渡る。
外からは「リ・コスイレ!?」という局長の声も聞こえてきたが、奴のことはウィンたちがどうにかするだろう。


「・・・思ったとおりだ」
「あ、あれ?私、斬られたはずなのに・・・血、出てない。斬り跡もない・・ってちょっとカイル!何すんの・・よ」

倒れそうになったナギサを、右手に紫龍剣を持ったまま、すかさず俺が抱きとめる。
・・・軽い。
やはりこれは小柄で華奢だ。
3度の食事の量も少ないと聞く。
日本人とはそういう人種なのか?

「極度の緊張の糸がブッツリと切れたか」
「も・・だいじょぶ・・・ごめん・・・」

これの気丈さを尊重して、抱きとめるのをひとまずやめると、近くにあるソファに座らせた。

「今の、なに」
「おまえが本物のナギサかどうかを確かめる必要があった。俺の本能はおまえは本物だと言ってはいたがな」
「はあ?だからって斬るマネするの?!ビビり度で私が本物かどうかがわかる・・・」

今度はゴチャゴチャ言い始めたナギサを遮るように、俺は「これを見ろ」と言って、紫龍剣をテーブルに置いた。

「え。これ・・・があの、紫龍剣?カイルがいつも腰につけてる、あれ?」
「そうだ」
「・・・短剣並みに小さくなって・・・しかもこれ、斬れない?」

ナギサはしばしの間、縮んでいる紫龍剣を見ると、信じられないという顔を俺に向けた。

俺の何かが刺激されて、思わず顔が綻びそうになる。
が、今はこれに説教をする時だ。
甘やかす時ではない。

「俺は斬る“真似”などしておらん。純粋におまえを斬りにかかった」と俺は言いながら、剣を手に取る。

すると紫龍剣は、俺の意向を「聞いて」、元の大きさに戻った。
それを見たナギサが「わっ!」と叫ぶ。

純粋に驚くこれの顔をもっと見たい。
と思いつつ、俺は剣を鞘に戻した。

・・・まだテンバガールを甘やかす時ではない。

「言ったはずだ。この剣には紫龍神の魂が宿っていると」
「それ・・ホントだったんだ」
「紫龍剣は大きさを自在に変えることができる。主である俺の身を外敵から護る盾にもなれれば、自ら刃となり、敵を斬ることもできる」
「わぁ、すごーい!」
「そして紫龍剣は主以外の者に持たれることを嫌う。だから主以外の者には持たれず、従わん」
「じゃあなんで私、あのとき持てたの?それにさっきだって・・・」
「恐らく、おまえの体内に俺の血が入ったからだろう」
「・・・輸血」

俺はニヤリと笑うと「テオから聞いたか」と言った。

「うん」
「紫龍剣は、絶対的献身力で主の身を護り抜く。この剣で主を斬ることはできん。言い換えれば、俺とおまえは、この剣で斬ろうとしても斬れない。刺されることもない。絶対に主を殺さない、そして殺させない。それが紫龍剣だ。だからおまえが本物のナギサかどうかを確かめるには、紫龍剣で斬ってみる必要があった。これだと確実だからな」
「カイルの仮説が合ってたからよかったものの・・・これ、どこまで機密事項ですか」
「大方の事は護衛たちは知っているが、航空局局長は知らん。それに紫龍剣が大きさを変えたところを見せたのは、おまえが初めてだ」
「あ・・・そう」
「無闇に他人にしゃべるなよ。とはいっても、おまえがしゃべる相手は限られているがな」
「わ、分かってますっ!」

これのムキになる顔は見応えがある。
俺はまた顔をニヤけさせた。


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