砂の国のオアシス

14

「ねえナギサー、ホントにもう帰っちゃうの?あと2・3日ここにいてもいいじゃない」
「うん・・・」

エミリアさんの提案に心が揺らぐ。
せっかく仲良くなったんだし、何よりエミリアさんはカイルの妹だ。私より年上だけど。
外国に住んでいるから滅多に会えないし、この機会にもっとおしゃべりしたい。

ジェイドさんとテオは明日の午後王宮に帰るから、そのとき一緒に帰ってもいいなー、とは思ってるんだけど・・・。

「俺は公務があるから戻るが、おまえは別荘(ここ)に残るか?」
「え?いいの?じゃあ、あと一日だけ・・・」
「そんなことをこの俺が許すとでも思ったか、テンバガール」
「な・・・」
「そんなに嬉しそうな顔で、“あと一日だけ”など言うな!」
「カイル、それはちょっと笑えない冗談だよ!」
「俺と一緒にいることよりも、ここに残ることを選ぶことは、確かに笑えん冗談だな」

ぬぬぬぬ・・・カイルってば!!!
言い出したのはそっちなのに!
「冗談」の目線が、完全にずれてるじゃないの!

私の黒い目とカイルのすみれ色の瞳が、バチバチと睨み合う。

「ナギサ」
「なによっ」
「許さん」
「はあ?またそんな言い方・・・」
「俺を独りにすることは許さん」
「あ・・・」

そんなこと・・・何気に悲しそうな顔で言わないでほしい。
私がいけないことしちゃったって気になるじゃないの!

カイルは私に手を伸ばすと、「帰るぞ」と言った。
それでもカイルの手を握ろうとしない私を、俺様国王は斜め上から尊大に見下ろす。

「担がれたいのか」
「嫌です!」

ていうか、カイルなら場所を問わず私を担ぎかねない・・・。

私は渋々カイルの手をつないだ。
フッと笑うカイルがすごーく癪だ!

大体カイルは、「負けて勝つ」という言葉を知らないの?!

「あんまりナギサを苛めないのよ」
「苛めてなどおらん。調教しているだけだ。じゃあな」
「わっエミリアさん、また・・・っ!」
「またねーナギサー!」

私はカイルに引っ張られるように速足で歩きながら、どうにかエミリアさんに別れを告げた。






少々豪華な公用車に乗るなり、カイルは前と後ろの間にある扉をピシャリと閉めた。
・・・またこれで、二人の世界ができちゃったじゃないの。

カイルは冷蔵庫からお水のボトルを取り出すと、「飲むか」と言いながら私に差し出した。

「いらない」
「そうか」とカイルは言うと、ボトルを冷蔵庫に戻した。

周囲に流れる気まずい沈黙を破ったのは、カイルだった。

「おまえは本当にまだ別荘に残りたかったのか」
「う・・・できればね。せっかくエミリアさんとも仲良くなれたから、もう一日だけ滞在して、ジェイドさんたちと一緒に帰れたら、とは思ったけど・・・。でもいい。私がいなくて悲しいって顔してるあなたを放っておけないし」

最後のセリフを聞いたカイルが、ゲラゲラ笑いだした。

もしかして、あのとき見せたカイルのあの顔は、演技だったの!?
でも・・・あの顔は、私だけが分かった微妙な違い、みたいな感じがして、それでつい特別って思って・・・。

やっぱり一緒に帰るんじゃなかったって思った矢先、カイルがキスしてきた。

「んん・・・!」
「ゴライブ」

あぁずるい!!
そんな上機嫌な笑顔で、「ありがとう」なんてお礼言って!!

「エミリアにはまた会える。おそらくテオたちの結婚式でな。そのときボニータとジグラスにも会えるだろう」
「うん・・・そうだね」
「それにジェイドたちに便乗して帰ることは、テオが許さんと思うぞ」
「え?なんで」
「ジェイドと二人きりになる邪魔をされたくないからに決まっているだろう」
「あ・・・ああぁなるほどー。はははっ」

そういうところ、マローク兄弟そっくりだよねー・・・。

「とにかく、おまえのことは、俺の両親をはじめ、エミリアも気に入ったようだ。H(エイチ)からは改心したと言われたが、あれも気に入ったのだろう。次会ったときは、おまえにもエイチと呼んでほしいと言われた」
「あぁ、うん?“エイチ”って誰?」
「エミリアの護衛だ。さっきも含めておまえも何度か見ただろう」
「・・・・・へ?!どこで」
「メイドの恰好をしていた女だ」
「たくさんいたじゃない!」
「その中の“ヘンリエッタ”と呼ばれたメイドだ」
「えええ!?知らない・・・」

ホントに分からないんだけど。
誰だっけと悩む私を、カイルは面白そうな顔でチラ見した。

「あれは変装の達人だからな。最初は俺も気づかなかったくらいだ」
「へぇ」

カイルが気づかないってくらいなら、かなりすごい達人だって思えてしまう。

「あれの名はヘンリエッタ。姓は知らん。年齢不詳の女だが、たぶん俺より少し年上だろう」
「ヘンリエッタさんって、カイルの知り合い?」
「ああ。大学卒業後、俺は1年ほどSUに所属していた」
「エスユー?」
「特殊部隊(スペシャルユニット)の略だ。俺に剣術をはじめ、護身術を教えてくれた師が、己を鍛えて来いと薦めてくれてな。そこで剣以外の武器の扱い方やサバイバル術を、徹底的に教わった」

なんかもう、SUって恐ろしい場所って感じがヒシヒシと伝わってくるんだけど・・・あれ?今カイル。

「俺“たち”って言った?」
「その頃トールセンは、すでに俺の護衛をしていたが、俺がSUへ行くと決めた時について来た。ウィンとはそこで出会った。そしてジグラスは大学時代からの友人だったが、SUではチームメイトとして苦楽を共にした。そんな俺たちの隊をまとめる隊長がエイチだったというわけだ」
「う、わぁ・・・」

エイチさん、ものすごいツワモノって気が・・・。
でもメイドの恰好していた人たちの中で、ごっついツワモノって感じの人は、一人もいなかったと思うんだけど。

「今あれはフリーランスの情報屋をしている。世界の五指、いや、本人曰く、三指に入るほどの優れた情報屋だと言っていたな」
「え?エミリアさんの護衛じゃないの?」
「たまたま時間が空いていたから引き受けてやったと抜かしていたが、蠍(スコルピオン)に頼まれたとなれば、断る気はなかっただろう」
「スコルピオンって・・・」
「ジグラスのコードネーム。正式名称は赤蠍(レッドスコルピオン)だ。あれは赤毛だからな」
「あぁやっぱり」

温泉でもエミリアさんが言ってたもんね・・・。
ついクスクス笑ってしまった私のこめかみに、カイルがチュッとキスをした。

私は顔を赤くしながら、「じゃあカイルのコードネームは紫龍神?」とカイルに聞いた。

「ああ。だがチームメイトたちは紫龍と呼んでいた。“神”までつけると長すぎると言ってな」
「“レッドスコルピオン”だって十分長いじゃない!」

だったらそういうコードネームつけるなって言いたいけど、それ以上に笑える。

「だから俺たちは“レッド”や“スコルピオン”と呼んでいた。俺のことも“パープル”や“ドラゴン”と略されることもあったしな」
「あ、そう。じゃあもしかして、トールセンやウィンにもコードネームがあったの?!」
「もちろん。ウィンはルシファー、トールセンはアズラエルだ」
「うわぁ・・・」

この世界にも、堕天使や死の天使って存在するんだー。
ていうか、コードネームって怖カッコいいのばっかり使われてるよね!

「そしてエイチはブラックウィドウ」
「え。エイチじゃあない、んだ・・・」

ていうか、エイチさんのイメージに“ブラックウィドウ”はピッタリって気がするのはなぜでしょう・・・。

「“エイチ”は“ヘンリエッタ”の頭文字だ。ヘンリエッタは長すぎる上に、あまり名を知られたくないのだろう。あれの仕事柄、敵は多いからな」
「個人情報はできるだけ露出しないってことね」
「そういうことだ」

護衛をしていることすら悟られない。
相手に自分の印象を残さない。
さすがはブラックウィドウ、と感心してしまう。

「それより、エミリアさんに護衛がついてたって知らなかった」
「今のカーディフ周辺の情勢を考えれば当然のことだろう。仮にそれがなくても、里帰りとはいえ、ジグラスが身重のエミリアをひとりで行かせることはないはずだ。あれが一緒に来るとなれば、護衛は必要ないがな」
「ジグラスさんが護衛になるってことだよね」
「その通り。それにエイチからスコルピオンの言伝を聞いた。エミリアを里帰りさせたのは、そのためでもあったようだ」
「ふぅん」

今、自国の再建に取り組んでいるジグラスさん本人が、国外に出るわけにもいかない。
それでエイチさんにエミリアさんの護衛をさせて、カイルにメッセージを託したってこと?
だったらエミリアさんの里帰りは、目くらましってことかな。

「何言われたの」
「・・・俺にも敵がいるとだけ言っておこう」
「つまり機密事項だね」

私に言いたくないのは、私が知る必要がないんじゃなくて、余計な心配かけたくないからだと思いたい。

フゥとため息をついたそのとき、カイルが私を自分の肩へ寄りかからせた。

「少し眠るか。おまえは寝不足だと機嫌が悪くなるようだ」
「え。いやまあ・・・うん」

昨夜はあまり寝てない、というか、寝かせてもらえなかったし、朝だって・・・。

でも眠たいのは確かだ。
あと1時間はかかるだろうから、少し眠っておこう。

「俺だ。あれに新しい部屋を用意・・・」とカイルがフォンで言っている声が最後まで聞こえないうちに、私は眠ってしまった。







またカイルに揺り起こされて、私は公用車から慌てて降りると、ニコニコ笑顔のヒルダさんが待ってくれていた。

「お帰りなさいませ、リ・コスイレ(国王様)。ナギサ様」
「ヒルダさん!ただいま」
「部屋の準備はできているか」
「抜かりなく」

カイルは「ご苦労だった」とヒルダさんに言うと、私の方を向いた。

「俺は今から公務へ行く」
「うん。あ、カイル」
「なんだ」
「楽しかった。ゴライブ」とお礼を言うと、カイルはフッと笑った。

「ヒルダ」
「はいっ」
「これを新しい部屋へ案内してやれ」
「かしこまりました、リ・コスイレ」
「え?新しい部屋って・・・」と言う私に、カイルが屈んで、そっとキスをした。

「See you later、Nagisa」

そう言って颯爽と歩くカイルの後姿を、ちっちゃな私はボーっと突っ立って、しばらくの間見送った。

あ・・・はぐらかされた。
と気づいたのは、その後だった。


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