砂の国のオアシス

コウさんと衝撃的な出会いをして、3週間経った。

あれからコウさんとは、平均して週1程度の割合で会っている。
会う場所はもちろん、大学の図書館。
図書館までは、時間が合えばテオが連れて行ってくれるし、合わなければヒルダさんが連れて行ってくれる。

最初はコウさんからシナ語を教えてもらっていたけど、英文科を受けると決めてからは、シナ語の勉強はひとまずストップして、純粋に試験対策の問題集を解きながら、イシュタールのことなども、あれこれ教えてもらっている。

ヒルダさんは私たちの邪魔にならないよう、いつも私たちが見える、離れたところにいてくれるけど、テオは時間があれば同席している。
だからコウさんとは英語で話す。
二人だけのときは日本語で話すことも、もちろんある。
日本語で会話ができるのは、お互いストレス発散になっているし。






コウさんが私と同じ日本人で、日本からこの世界へ来た漂流者だということを、テオに話そうかと思ったこともあった。
テオはあっちの世界に興味があるみたいだし、日本に行きたいと言っていたし、帰る方法の仮説を立てていたし。

でもカイルに話せないことを、テオに話すわけにはいかない。
それにこのことをテオに話せば、テオがカイルに話すかもしれない。
もしそうなったとして、「何故俺はおまえからではなく、テオからこの話を聞かされた!」とカイルから怒られることは・・・別にいい。
それでコウさんが斬られる・・ことはないだろうけど!
でもコウさんに尋問したり、不法侵入者だからと言ってシナ国へ強制送還したりとか、それなりの処置をするかもしれない。

一方で、あっちの世界へ帰る方法を見つけるために、カイルが協力してくれるかもしれない、とも思っている。
だけどその可能性は低いと思うから、賭けに出るわけにはいかない。

カイルに話したいけど話せないという気持ちを抱えたまま、毎日が過ぎていく。
その気持ちは時間が経つにつれて私の心の中で根を張り、確実な存在として認識されていった。




「今日は出かけるぞ」とカイルに言われて一緒に来たのは、王宮の敷地内にある馬屋だった。

白・黒・茶色・・・へぇ。
どの馬も毛並みが艶やかに光っていて、お世話が行き届いているとすぐわかる。

「わぁ」と言いながらニコニコ笑顔で馬を見る私の手を、隣を歩くカイルがギュッと握って止まらせた。

「これがおまえの馬だ」
「・・・え?わたし、の?」
「馬に乗れた方が何かと便利だと前言っただろう」
「ああぁうん、そうだったね」

確か別荘で、あの最中に言ってたよね・・・。
ついそっちを思い出してしまった私は、ハハッと笑ってごまかした。

「これの名はルル。イシュタール語で“凪”という意味だ」
「あ・・・そう」

カイルにはまだ日本語を教えてないけど、いくつかの言葉は知ってるみたいだ。
どうやらテオから教えてもらったらしい。

私は自然にルルの方へ、手を伸ばしていた。
その手をカイルがつかんで、ルルの横腹のほうへ導く。

「ここを撫でるとこれは悦ぶ」
「うん・・・ハロゥ、ルル」

最初はそーっと、そして優しく撫でると、ルルは撫でられるまま、じっとしてくれていた。

「ルルはその名の通り気性はとても大人しい上、小柄だ。これならおまえと相性が良いだろう」
「ありがとう(ゴライブ)、カイル」
「約束だからな、礼はいらん。これを持て。行くぞ」
「はいっ」

そしてカイルも茶色の馬を一頭従えている。

「これ、カイルの馬?」
「そうだ。名はコナー。イシュタール語で“勇気”という意味がある」
「へぇ。コナーか」

コナーはルルと同じく茶色の馬だけど、ルルより大きくて、より頑丈そうに見える。
カイルは私より大柄で逞しくて頑丈な体つきしてるからなぁ。
コナーが丁度いいんだろう。

なんて思ってるうちに、王宮敷地内の柵付広場に着いた。

「乗馬は初めてか?」
「デイモンマに噛まれて意識朦朧の中、カイルと一緒に馬に乗ったあれをカウントしなければ・・・うん」

初めてのことにドキドキしながら、ちょっと怖いなと思っている私のことなんかお見通しなのか。
カイルは私のウエストを持つと、そのまま上げて、ルルに乗せてくれた。

「わわわっ!」
「手綱を持て」
「はいぃ」
「背を伸ばせ・・・そうだ。俺もルルの手綱を持って歩いている。それにこれの性格上、おまえを受け入れずに落とすことはしないはずだ」
「うん・・・」
「おまえの不安や緊張は、そのままルルに伝わる。だからこれを信頼してリラックスしろ」
「は・・・ぃ」

最初はおっかなびっくりって感じで、細い手綱をそれこそ命綱みたいにギュウっと握りしめていたけど、ゆっくりと何周か歩いているうちに、私もリラックスしてきた。
無駄に入れていた力が抜けてきたのが、自分でも分かる。
そのうちカイルがルルの手綱から手を離して、ただ横をついて歩くのを何周かすると、カイルもコナーに乗って、私とルルの横について一緒に歩き始めた。

「少し歩調を速めるぞ」とカイルは言うと、右足でコナーの横腹を軽く蹴った。
すると私たちの少し先を、コナーたちが走る。
私もカイルをまねて、ルルの横腹に軽く右足を当てると、それでルルも察してくれたのか、スピードを上げてくれた。

「わ・・・あ!」

周囲を見渡す余裕も出てきた。
いつもより高い目線から見える景色に、素直に感動する。
チラッと横を見ると、カイルの砂色の髪が風を切って少しなびいている。

あぁカイル、めちゃくちゃカッコいい!!

「乗馬をしながら俺鑑賞とは。余裕だな」
「あっ!いやそんなっ!久しぶり?ってこともないか。アハハッ」
「楽しいか?ナギサ」
「うん!」
「もう少しで砂漠地域の風が少し和らぐ時期に入る。その時砂漠を馬で走ろう」

砂漠に連れて行ってやるって言ったこと、まだ覚えてくれてたんだ・・・。
それだけで私は胸がいっぱいで、とても嬉しかった。

「・・・ぅん」
「砂漠を馬で走るのは、中々壮観だぞ」
「だろうね」

広大な砂漠を、カイルと一緒に馬(ルル)で走っている私の姿が、目の裏にパッと現れた。
・・・ステキだ、とても。


そのとき、カイルが射抜くような視線でずっと私を見ていることに気がついた。
途端に時が止まったかのような錯覚に陥る。
馬で走っている感覚はあるけど、この世界にカイルと私、二人だけ、みたいな・・・。

ニコニコしていた私も、真顔でじっとカイルを見る。

欲しい。
カイルの全てが。

不意に湧きあがった自分の欲望を飲み込むように、ごくんと唾を飲んだ私の喉を、カイルがじっと見ている。
と思ったら、カイルが私に近づいて、ルルの手綱を握った。

カイルはルルを止めると、コナーから下りて私に両手を差し出す。
そして私を難なくルルから下ろし、その大きな両手と逞しい両腕で私を抱き上げて、スタスタと歩き始めた。

すかさず私は、落ちないようにカイルの首に両手を回して頑丈な胸板に密着する。
カイルはスタスタ歩きながら、「馬の世話を頼む」と護衛の人たちに言った。

「かしこまりました、カイル様」
「俺たちは部屋にいる。緊急事態が起きても30分は呼び出すな」
「承知しました」と言う声が、何となくだけど聞こえた。

あれはウィンの声かな。
でも誰の声だろうとどうでもいい。
カイルが何を言ったのかもよく分からなかったし、たぶんカイルも返事を聞いてなかったと思う。

とにかく今は、カイルが欲しい。

私を軽々と抱きながら、颯爽と階段を駆け上るカイルにキスしようと顔を近づけると、カイルはイケメン顔を遠ざけた。
「Don’t」と言うカイルは、前を見たまま、ただ部屋へ向かってスタスタ歩いている。

「これ以上俺に近づくな。今ここでおまえにキスをされると、俺はこの場でおまえを貫く。だから部屋に着くまでおまえも我慢しろ」

なんだ。我慢してるのは、カイルだけじゃなかったんだ。
それにカイルも欲望が今にも爆発しそうなんだ・・・。

私たち、同じなんだ。


それから少しして部屋に着くと、カイルは足でドアを開けた。
まだ私を抱きかかえているので、背中でドアを閉める。
そしてベッドまで歩くと、私をドサッと落とした。

私は急いで乗馬ブーツを脱いで、ズボンとパンツも一気に脱ぐ。
その間に、カイルが紫龍剣を床に置いたゴトッという音が、かすかにした。
私がシャツを脱いで、ブラを外して横に放ったとき、全裸になったカイルが私を押し倒した。

全部脱ぐの、間に合ってよかった・・・。

私たちはただお互いの目を見たまま、カイルがゆっくり動き出した。
聞こえてくるのはお互いの荒い息遣いとシーツが擦れる音だけ。
そのうちカイルの動きが早くなるにつれて、私たちの肉体がぶつかる音と、出し入れする卑猥な音も聞こえてきた。


そう。
今しているこれは、雄と雌の生殖行為そのものだ。
余計な前戯も無駄に何度もイく必要もない、ただお互いが欲しいという欲望に駆られた純粋な行為。
だからか、それは本能に赴くままに脚を広げている自分がはしたないとか、昼間っからこんなことしてるという恥ずかしさとか思う余地が、全然ない。

私はカイルの熱い背中を撫でると、自分のほうに引き寄せた。
欲望で熱くなってる逞しい体からは、汗が流れ出ている。
でも足りない。

まだ・・・もっと・・・。

カイルの砂色の髪を撫でると、やっとキスしてくれた。
ここでも繋がっていたいとお互い思っていたせいか、自然に舌を絡め合い、そのままカイルは動き続ける。

まだ終わらせたくない、もっと繋がっていたいと思っていたけど、急速に膨れ上がった欲望は、解き放たれるのも早いのか。
それは何の前触れもなく、突然やってきた。

「あぁ!あっ!んっ!カイ・・ルッ!」
「まだだ・・まだ・・・ナギ・・・サ・・・んんっ」


カイルは私の首筋に顔を埋めたまま、ハァハァと荒い息をついていた。

「・・・おまえを気遣う余裕が・・・なかった。すまない・・・」と、どうにかカイルは言うと、私から離れようとした。
すかさず私はカイルをギュッと抱きしめて阻止する。

「もうちょっとこのままでいて・・」
「まだ煽る気か、おまえは。くそっ・・・こんなことは初めてだ。大体俺は、同じ女を二度以上抱いたことがない、女の中へ精を放ったこともない。女と一緒に朝まで眠ったこともないし、俺のベッドへ招き入れたのもおまえが初めてだ」
「カイル・・・」
「なのに何度抱いてもおまえに飽きるどころか、まだまだ欲しいと思ってしまう。ナギサ・・・」

カイルはそっと私の名前を呼ぶと、抱きしめてくれた。
その優しさに、つい私の目から涙が出てきてしまう。

「う・・・」
「俺はおまえが楽しそうに笑う顔や悦びで涙する顔を見ていたい。おまえが望むことは何でも叶えてやりたい。そのためなら俺は何でもする。しかし、元いた世界へ帰ることがおまえの望みであろうと、それがおまえにとっての幸せに繋がると分かっていても、俺はおまえを手放す気はない。ナギサ」
「はい・・・」
「スキ」

急に言われた言葉が日本語だったと気づくのに、ちょっと時間がかかった。

「あ・・っと、カイルは男だから、好き“ダ”の方がいい」
「そうか。色々とあるんだな、日本語は」とカイルは言いつつ、「スキダ」と言った。

「うん」
「スキダ、ナギサ」
「うん・・・私もカイルが好き・・・」

私は笑顔でそう言いながら、嬉し涙を流していた。


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