砂の国のオアシス

『なっちゃん・・・』
『なぎさちゃーん・・・』
「・・・て。あ・・・・っ!」

・・・夢、か。

「ナギサ」
「あ・・・」

勢いよくガバッと起こした私の上体を、カイルが優しく寝かせてくれた。
そのままカイルは私を抱き寄せて、髪を撫でる。

「伸びたな」
「ここに来てもう半年になるし。そりゃあ伸びるよ」

この世界に来てから、髪はそろえる程度に1センチくらい切ったのが・・・2回か。
その方が早く伸びると言われたけど、ホントかどうかは分からない。
でも少ししか切ってないから、私の後ろ髪は今、肩につくほどの長さになっている。
今までずっとショートかミディアムショートの長さだったから、毎日新記録更新中だ。

「おまえはここ2カ月ほど、うなされて起きることが多くなった。それに食事の量も減っている。悩み事があるのか?」
「う・・んっと、もうすぐ試験だからね。ちょっとナーバスになってる・・・」
「言いたくなければ言わなくても良い。だが俺に嘘をつくな」

思わずビクッと跳ねた私の体を、カイルがなだめるように、優しく抱きしめる。

「・・・ナーバスになってるのはホントだよ。でも・・・ごめんなさい。またあなたを起こしちゃって。やっぱり私、自分の部屋で寝る・・・」
「構わん。俺は元々眠りが浅いと言っただろう」
「だから眠ってるあなたを邪魔したくない・・・」
「俺が構わんと言っている。同じことを二度以上言わせるな」
「カイル・・・」
「俺と一緒にいろ」

カイルの口調が少しいら立ってるような気がするのは、寝不足のせいじゃない?
とは思うけど、逆らう気力がない。

私は「はい」と返事をすると、そのままカイルにしばらく抱きしめられていた。
カイルの温もりが気持ちいい。
少しずつ緊張がほぐれていくのが、自分でも分かる。

そのときカイルが心地良い沈黙を破った。

「ホームシックか」
「え。なんで・・・」
「“マッテ”と言ううわ言は日本語のようだった」
「そぅ」

私は頑としてカイルの顔を見ない代わりに、目の前にある逞しい胸板を見ながら、カイルの胸毛を手でいじる。

「おまえの気持ちは分かる」
「・・・え」
「もし俺がおまえのような状況に陥れば、俺だってホームシックになる」

俺様国王のカイルが!?
と思ったのは一瞬だけだった。

・・・そうだよね。
突然知らない世界へ来て、帰る方法が分からないとくれば、誰だってホームシックになるよね。

「あの・・・私みたいに違う世界からここに来た人の話を、あなたは聞いたことないの?」
「・・・嘘をつくなとおまえに言ったばかりだからな。正直に言おう。国王(リ)という職業柄、漂流者と呼ばれる者の存在は、他国の統治者から聞いて知っている」とカイルに言われて、私の全身に衝撃が走った。

「しかし、我が王国に来た異世界からの侵入者は、おまえが初めてだ」
「あ・・・・ぁ、そう」

「漂流者」と「侵入者」という言い方の違いに、認識の違いがある気がした。

「その者たちが流れ着いた国でどのような処置を受けているのか、それは俺も知らん。しかしおまえは、我が王国はもとより、この世界を脅かす存在ではない。だから王宮に置くことにした。それが今では手放せん存在となっている」
「う・・・」

カイルの最後のセリフが微妙に恥ずかしくて・・・照れる。

「元いた世界へ戻れた者もいるという話は、噂程度に聞いたことがある」
「ほ、ホント!?」
「しかし、一度戻った者が、またこの世界へ来たという話は、噂でも聞いたことがない。だからおまえが戻る術を見つけてやりたいと思う一方で、おまえを失うかもしれんと思うと・・・踏ん切りがつかない」
「そっか・・・」

どちらが言うわけでもなく、私たちは自然に体を寄せて抱き合った。

「ナギサ」
「はい」
「おまえは元いた世界へ帰りたいか?」
「私・・・帰りたいよ。気づいたらこの世界へ来てしまったんだもん。友だちや家族は心配してると思う。だからみんなに会って・・ううん、その中の誰かひとりでもいい。とにかく会って、私は元気だよ、だから心配しないでって・・・言いたい。それがすごく・・・気がかりだから・・・」

仮に元いた世界へ帰れたとして、みんなに再会できて、そのままそこにいたいのか。
それは私にも分からない。
だって・・・それはカイルと離れ離れになるって意味で。

そんなの嫌だ。







「・・・ナギサ」
「ふぁ・・・いってらっしゃい・・・」

あれから朝まで眠っていたらしい。
今目の前には、行く仕度をビシッと整えた、カイルのイケメン顔がある。

「やはりビエナへの公式訪問はキャンセルしよう」と言うカイルに、すかさず「ダメッ!」と私は言った。

今回のカイルのビエナ国訪問は半分以上公務で、だったらついでにという感じで、プライベートも兼ねてるからだ。

「私は大丈夫。だから行って」
「・・・分かった。何かあれば俺に連絡しろ」
「はぁい」

キスをせがむように唇を出すと、カイルは3回キスしてくれた。
これはもう、いつも外出するときのおまじないみたいな習慣と化している。

「試験がんばれよ」
「うん!行ってらっしゃい!」と私が言うと、カイルはニヤッと笑ってドアを閉めた。






午前中は部屋でゆっくり過ごした私は、お昼を食べた後、王宮の庭を散策して、花壇のところへ来た。

「お水の時間ですよー」と言いながら、ジョウロで水を撒く。
カイルがくれた種たちが土の中で育っているのを、何となくだけど感じる。
もう少ししたら芽がでるかなぁ、と思ったら、心がほっこり温かくなった。

食欲が落ちて、食べる量が減った私を、ヒルダさんが心配してくれているのが分かる。
私がちゃんと避妊薬を飲んでいることや、毎月生理が来ていることを知ってるヒルダさんは、私が妊娠してないと分かっているから、病気じゃないかと言って、私を病棟へ連れて行こうとした。
体の病気じゃないことは分かってる。
ただ、悩みを誰にも打ち明けられないってだけで、どうしたらいいのか分からなくて・・・。

仕事量を減らしてるとはいえ、今「バンフリオンサ(イシュタール語で“プリンセス”と意味だと教えてもらった)教育中」と言ってたジェイドさんだって忙しいはずなのに、合間を縫って私とおしゃべりしてくれた。
その間は気が紛れて、純粋に笑った。楽しかったなぁ。

テオは今、地質調査で王宮を出ているけど、私の試験が終わる日に戻って、迎えに来ると言ってくれた。

私が種たちを気にかけるように、カイルやテオやヒルダさんやジェイドさんも、私を気にかけてくれているんだよね。
みんな優しい・・・。

と思っていたから、華やかな集団が近づいたことに気づくのが遅すぎた。

「土に向かって話しかけるなんて。やっぱり頭がおかしいのね」

私は無視してその場を離れようとしたけど、その美人さんに腕をとられた。

華やかな集団の中でも、この美人さんは覚えてる。
私に偶然会うたびに、いつも突っかかってくるから。

でも、花壇に美人さんたちが来たのは初めてだ。
だからか、自分の安全な場所を侵略されたような、すごく嫌な気分になった。

「お待ちなさいな」
「手、離してください」と私が言うと、美人さんは手の力を緩めるどころか、ますます強めてきた。

思わず痛さに顔をしかめる。
でも癪だったから、何も言わなかった。

背の高い美人さんは、私を上からジロリと見ると、「服を変えたことは賢明な判断だったわね」と言った。

・・・あれは別荘から帰ってすぐのこと。
どうしても今までとの服の違いが分からなくて、カイルに聞いてみた。
はぐらかされると思っていたから、まさか答えてくれたことに、最初は驚いて・・・。

『イシュタール王国は、紫龍神が創ったという言い伝えがある。そこから紫色は王家の色と呼ばれるようになった。はじめはマローク家の者だけが紫色の民族衣装を着ていたが、今では王族の者が、紫色が入っている民族衣装を着る風習がある。つまりバンリオナとなるおまえや、バンフリオンサとなるジェイドも、この服を着ることができる』

とカイルに言われて服を見ると・・・一部紫色があるじゃないの!

『これは風習で義務ではない。だから町に住む者たちは、自分が着たい服を着ているが、王宮にいる者たちは、王家を敬う気持ちや忠誠心がある。故に紫色が入った服を着ない』

ってそれ・・・もう!!!

『これ以上華やかな集団のやっかみを煽ることはやめてほしい!無駄に存在を目立たせたくない!それにテオは町や大学へ行くときは王子だと知られたくないから、普通の服を着てるじゃない!あなただって、大学生だった頃やSU(エスユー)にいた頃や、お忍びで町へ出かける時には普通の服着るでしょ!!』

と思いつく限りの異議申し立てをしたら、カイルはイケメン顔をニヤリとさせて、「そうか」と一言言っただけだった・・・。

でも翌日から、カイルは今までの民族衣装をくれたし、町や大学の図書館へ行くときは、町で買った普通の服を着ている、というわけだ。


「ちょっとリ・コスイレ(国王様)に興味を持たれているからといって、調子に乗るんじゃないわよ」
「そうそう。どうせリ・コスイレの御興味が失せるまでのことなんだから。今の内に身の振り方を考えておきなさい」
「・・・ぃた・・」と言う私を、美人さんは丸無視している。

「大体、ジェイド様もねぇ」
「リ・コスイレからテオドール様へ乗り換えるなんて。上手く立ち回ってるつもりなんでしょうけど・・・」
「それ、本人がいる前で言える?」
「私と会話する気?お黙りなさい!」と美人さんに言われたけど、私に黙る気は全然なかった。

私のことをどうこう言うことは・・・まぁどうにか我慢できる。
でも友だちのジェイドさんのことをあれこれ言わせておくことは、我慢できない。

「本当のことを何も知らないくせに、自分の憶測だけで言っていいことだとは思わないけど」
「な・・・生意気な!」と美人さんは言うと、私をドンと突き飛ばした。

さっき手首を掴まれて思ったことだけど、この人意外と力ある。
私より体が大きいせいかな・・・「いたっ」!!

押された勢いで、小さな私の体は、後ろに会った花壇にぶつかった。
レンガで右の腰あたりを強く打ってしまった私は痛くて動けず、その場にしゃがみこんでいた。

「あなたが来てから、リ・コスイレはあなたばかりに構ってる!でも最初はジェイドがいたからそこまではなかったのに・・・」

目の前に影ができた。
と思ったら、美人さんが私の前に立ちはだかっていた。

美人さんは私を突き飛ばしただけじゃあ、怒りが収まらないらしい。
私を叩こうと、手をふりあげてた。

だ、ダメだ。体が動かない。
ここから逃げ出せない・・・!

< 39 / 57 >

この作品をシェア

pagetop