砂の国のオアシス

「日本(ジャパン)、です。」
「ジャパン・・・聞いたことがないな。黒い髪に黒い瞳。おまえの顔立ちは、ダイワかシナ国の者のようだが」

ダイワ?
シナって、中国のこと?
とは思ったけど、自分で勝手に決めない方がいい。

「シナという国はどこにあるんですか?」
「イシュタール王国よりはるか東にある国だ。陸続きだが、徒歩ではそうだな・・最低1ヶ月はかかるだろう」
「うわっ遠い!」

と言いながら、そうだ、と思い出した。
馬に乗っていたとき、この人が「イシュタール」と言っていたことを。

そして「1ヶ月」という単位が、この世界にもあるんだと発見した私は、「今日は何月何日でしょうか」と聞いてみた。

「2月15日。2014年」
「では1ヶ月は何日ですか?」
「平均30日」
「あー、なるほどー・・・」

暦や日付は前いた世界と同じだ。
でも「イシュタール王国」なんて国は、聞いたことがないし、存在していないはず。

「次からはナギサが答えろ」
「は」
「今までこんなに多くの質問に対して、俺がすんなり答えてやったことに感謝しろ」
「ななっ・・・」

やっぱりこの人ってさぁ、かなり俺様だよね!?
私は、ムッとするのを通り越して、呆れてしまった。

「どうやってあの森へ入った」
「それは・・・・・・家に帰ろうと歩いている途中、気づいたらあそこにいたんです!」

こんな真実をこの人に言って、頭がおかしくなったと思われるかな。
それとも「嘘は言うな」と言って、問答無用に斬られるとか・・・!

いけない!
つい弱気になって、最悪のことばかり考えてしまう。

でもリ・コスイレは、私を斬るために剣を抜くことはしなかった。


「そうか」
「あ・・・のぅ、私が言ったこと、信じてくれるんですか?」という私の質問には答えずに、「おまえには連れがいるのか」とリ・コスイレは聞いてきた。

これ以上質問は受けつけない、ということかな・・・。

私は密かにため息をつくと、「いません」と言った。

いてくれたら、どんなに心強かったか・・・。
それより、あれから1日経った。
今日はバイト、休んじゃった。
みんな、私がいなくなったって気づいているかな。
みんな、私のことを探してくれているかな・・・あ!

「私の服とバッグ!」

私のバッグは、森でこの人が部下みたいな人に投げられてた。
着ていた服は病院で脱がされたはず。
だから今の私は、入院患者が着ているようなガウンみたいなのを着ている。

「俺が預かっている。だがタイツは処分した。穴が開いていたからな」
「あぁそうですか。よかったー。タイツは仕方ないとして、あの服私のお気に入りなんです。返していただけますか?」
「No」
「・・・え」

ちょ・・・と。私、丁寧にお願いしたよ?
それに、服もバッグもバッグの中身も全部私のものだよ!
何でこの人から「ノー」って言われないといけないわけ?

「あの金は日本で使えるのか」
「お財布の中見たんですか!」
「当然だ。おまえは我がイシュタール王国に不法侵入しているということを忘れるな」

げげっ。
何か私の立場・・・弱いんですけど。

「・・・あれは日本円です」
「円というのか」
「はい」

どうやらリ・コスイレは、日本のお金を見たことがないようだ。
そうだよね。
日本っていう国は、この世界にないみたいだし。

ということは、さっきこの人が言った、「ダイワ」とか「シナ」っていう国では、円を使ってないのかな。


ずっと私を斜め上から見下ろしていたリ・コスイレが、フッと笑った。
それがすごく尊大なんだけど・・・なぜか私の心臓はドキッと跳ねた気がした。

この人の笑った顔もカッコいい!
とか思ってしまったことを隠すように、ぶっきらぼうに「何か」と聞いた。

「おまえの年齢は」
「・・・なぜそんなこと聞くんですか」
「服が小さいから子どもなのかと思ってな」
「な・・・私は19です!・・・昨日19になりました」

そうだよ。
昨日はお誕生日のお祝いに、友だちとバイト先のファミレス行ってお祝いしてもらって。

あの世界が私が属する世界のはずなのに。
何で今私は、全然知らない異世界へ来てしまったんだろう・・・。

「そうか」
「昨日は誕生日だったから・・・お気に入りの服を着て、友だちとごはん食べて・・・」
「そうか」

リ・コスイレが私に手を伸ばしてきた。
抵抗するつもりもなくそのままでいると、彼は私の頬にそっと手を置いて、涙を拭ってくれた。

私・・・泣いてたんだ。


「・・ぃ。帰りたいよぅ・・・」
「残念だがその方法は俺にも分からん。だからナギサ、俺の女になれ」

・・・・・・・・・何ですと?

泣き始めたばかりだったというのに、すぐ泣き止んだ。
そして私はリ・コスイレの真顔をまじまじと見た。


わぁこの人、紫色、っていうか、すみれ色の目をしてるんだ。
キレイ・・・じゃなくって!

「金もなく、行くあてもないのなら俺の女になれ。それが今のナギサに残された唯一の道だ」
「唯一の道、とは」
「断るのならここでおまえを殺すしかない」
「えっ?えええええっ!?そそそんな・・・」

19歳になった早々死ぬなんて・・・違った、殺されるなんて!!!
そんなのいやっ!!!!

「異世界から我がイシュタール王国に来たおまえは、ハッキリ言って未知の存在。そんなおまえをこの俺が易々と見逃すとでも思ったか?」
「思ってないけど・・で、でも殺人は犯罪っていうのは、どの世界でも共通した倫理だと思います!第一あなたには、私を殺すとか、俺の女になれとか、他人の人生にとって大事なことを決定づける力があるとでも言うの!?」

「ある」

リ・コスイレからあっさりそう言われた私は、寝ているにも関わらず、思わずたじろいだ。

「なんで・・」
「それは俺がイシュタールの“リ”だからだ」
「はい?えっと・・・リ、ですか?」
「そうだ。“リ”とは、イシュタール語で“国王”という意味だ」

威厳ある風格とか尊大な物腰が漂っているのは、大柄ですごく逞しい体つきをしているから、だけじゃなくて。
すみれ色の瞳で、私をいつも斜め上から見下ろす目線とか、絶対的な俺様口調とか・・・。

もう全部「国王だから」で納得できました!

でも、でもよ?
納得できたからと言って、国王様(このひと)に殺されていいわけない!

「な、なぜ、私を王宮に連れて来たんですか」
「病院内で流血沙汰は後始末が大変だ」
「王宮内でも大変だと思いますっ!!」

ぎゃあぁ!この人が言うと、妙にリアルに響くからっ!!

「ナギサ。俺の女になるか、それとも俺に斬られるか。どちらにする?今すぐ選べ」
「選べって・・・二択みたいで結局一つしか選べないじゃない!」

焦ってわめく私とは対照的に、落ち着き払ったリ・コスイレは、クスクス笑いながら私を見ている。
相変わらずその目線は斜め上で・・・俺様全開。

でも怖くない。
その目線も、笑い声も。

「俺の保護の下、王宮で暮らせ。俺の女として」
「そ、んな・・・」

選択肢があるようでない状況に、また涙が出てきた。
私に近づいてきたリ・コスイレを、涙目で見ることしかできない。

「悪いようにはせん。俺を信じろ」

この人の・・・すみれ色の瞳に吸い込まれそうなのは、彼のことが怖くないと、頭の中では分かっているから。
リ・コスイレの声につられるように、私はうなずいていた。



それからすぐに、白衣を着た男の人が部屋に入って来た。
医療器具が乗っているワゴンを押している。
どうやらドクターのようだ。

「リ・コスイレ。そろそろお時間でございます」と言ったドクターの手には、注射器が持たれている。

「そうだな」とリ・コスイレは言うと、私の左腕をつかんだ。

「え?何!?」
「おまえには睡眠が必要だ」

これが睡眠薬だと信じてもいいの?
信じていなくても、リ・コスイレに腕をつかまれてる以上、逃げることもできない。
いや、つかまれていなくても、まだ思うように体は動かせないし。

思いきり不安だという気持ちが顔に出ているのは分かっている。
それでもすがるように、リ・コスイレを見てしまった。

「案ずるな。これはただの睡眠薬だ。眠っておけ」
そうリ・コスイレは言うと・・・笑った。ニッコリと。

不意打ちを食らった私は、つい気が緩んでしまって、相手のなすがままになってしまった。

「う・・・・・・」
「大丈夫だ、ナギサ」とリ・コスイレは言いながら、私の頭を撫でてくれる。

この人・・・優しい・・・?

それでもまだ不安だった私は、リ・コスイレに手を伸ばして、「ここにいて」と言ってしまった。

そのときドアのほうから「リ・コスイレ。お時間でございます」という声が聞こえてきた。
女の人だ。時間って・・・。
そっか。この人、行かないといけないんだ。

私が手を緩めると、今度は彼のほうがギュッと握ってきた。

「リ・コスイレ」という女の人の声が、今度は近くから聞こえてきた・・・気がする。
眠くなってきたのかな・・・。

「リ・コスイレ。お時間で・・・」
「これが眠るまで俺はここにいる」
「・・・かしこまりました」

あーさっきの女の人、ものすごく美人だった・・・。
意識が遠のく前に、まずそんなことを思ってしまった。

「リ・・・・コスイ、レ」
「今はカイルと呼んで良い。それから今後は俺と二人でいるときも、カイルと呼べ」

もう声も出なかった私は、うなずいて同意をしたけど、それがカイルに分かっているのかどうかまでは、分からなかった。


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