砂の国のオアシス

編入試験の日以来、私はコウさん・・・荒木さんと会っていない。
まぁ、あれから私は大学へは行ってないから、当然だと言えばそれまでなんだけど、あの日以来、荒木さんの姿を見かけた人は誰もいないそうだ。
しかもその翌日に、荒木さんからの辞表願が大学へ送られてきたと、後でテオから聞いた。

そのときテオから聞いた話を補足すると、荒木さんの辞表願が大学へ送られてきたと聞いたテオは、荒木さんの家へ行ったそうだ。
でもそこはすでにもぬけの殻状態だった。
しかし、誰かが長らく住んでいた形跡はあって、いなくなって1日とか、とにかくそれくらいしか経ってないとテオは言っていた。

荒木さんからスマホを返してもらっていない。
ということは・・・。

荒木さんは無事に日本へ戻れたのだと信じよう。






編入試験から2週間後。
私はイシュタール大学・英文科の合格通知を受け取った!

「合格だーっ!やったぁ!!」
「当然のことだろう」

とカイルに言われた私は、はしゃぐのをやめて、カイルのイケメンなキリリ顔をじっと見た。

「・・・どうしたナギサ」
「まさかとは思うけど、あなた、献金という名目の賄賂を渡して、私を大学へ入れろって言ったんじゃ・・・」
「・・・機密事項だ」
「な・・・やっぱりそうだった、って離してよ!」
「冗談に決まっているだろう」
「じゃあなんで答えるまでに2秒くらい間があったのよ!」
「冗談だからだ」
「う・・・。それにっ!合格したっていうのに、あなたは全然喜んでる感じでもないし!」

カイルは大学側へ賄賂を渡しておいたから、すでに私が合格するって「知ってた」んじゃないの?

「ほう。では今の俺はどんな顔をしている」
「いつも通りのクールなイケメン顔」

ムッとしながら、つい「イケメン」までつけてしまった・・・。
でもカイルはいつでもどこでも、いっつもイケメンだし。

しょげてる私にカイルがフッと笑ったのは、この人に「イケメン」という言葉と、その意味を教えたから・・かもしれない。

「俺はおまえが大学の編入試験を受けられるよう、口添えをしただけだ。それ以外のことは何もしていない」
「・・・ホント?」
「おまえは自分の実力で試験に合格した。おまえは賢い。もっと自信を持て」

私は「・・・ぅん」と言ってカイルに微笑んだけど、カイルは微笑み返してくれなかった。

あれ?いつもなら「フッ」とか「ニコッ」と返してくれるのに。
それに、いまだにキスもしないっていうのは・・・やっぱりいつものカイルとは違う。

もしかして。
俺様国王さん、ちょっと不機嫌モードに入ってますかー?

それを証明するかのように、カイルは斜め上から私を見おろした。
う!?私、何かした・・・っけ?
ここ数ヶ月は逃げ出すこともしてません・・・が。

「言うまでもないが、一応言っておく」
「ど、どうぞ?」

ちょっと及び腰気味になっちゃってる私は、つい語尾を上げつつ、上目づかいでカイルを見上げた。

「大学へは王宮(ここ)から通え」
「は?なんで急にそんなこと言うの?」
「以前おまえはこの俺に、大学の寮に入るとか、バイトをして学費を返すと抜かしたではないか」
「あ?あああああぁ、そんなこと言った・・・かなぁ?」

えへっと誤魔化し笑いをしたけど、カイルはまだご機嫌よろしくない・・・うぅ。

「そんな戯言は寝言でも聞く気はない」
「でもさ、自活するっていうのもちょっとは、ってぎゃああ!カイルぅ!今のはうそっ!冗談だからっ!!」
「笑えん冗談だったな」
「はっ・・そ、だね・・」

あぁ、今晩「おしおき」されそうな予感がする・・・。
ぜひ「予感」で終わってほしい!

「というわけだ。おまえに護衛をつける」
「・・・へ?護衛?」

戸惑う私に構わずカイルは話を続ける。

「普段はそれに大学の送迎をさせるが、時間があれば俺がしよう」
「え。あの、いやでも、カイルは忙しいし。っていうか、私に護衛って・・・」
「必要だ。何故ならおまえは俺の女だからだ」
「が・・・そ、うですか・・・」

畳みかけられるようにカイルに断言された私は、俺様国王の決定事項に従うしかないってことだよね、ええ・・。

「いつから大学は始まる」
「えっと」と私は言いながら、慌てて合格通知を見た。

「今日から2週間後」
「丁度良い。護衛は1週間後に来る」
「あ・・・そこまで決まってたんだ・・・」
「当然だ。俺は常に今を基準に先まで見据えた上で物事を決定していく」

なんて偉そうなセリフを言ってもキマるのは、相手がカイルだからだ。
それにこの人が言うことは説得力がある。でも・・・。

どこまで私を「護衛」するんだろう。
ウィンやトールセンみたく、常にピッタリ(とはいっても、彼らはいつも一定距離を保ってるけど)張りつかれて、どこに行くにも一緒な状態になっちゃうのかな。

でもカイルのプライベートな時間の時は、彼らはそこまで張りついてないし、隠れて「尾行」してくれるし、寝る時だって外で見張ってるわけでもないらしいし。

広い大学とは言え、あの場で張りつかれちゃうと、無駄に目立つ気がする。
それに帰りにちょっと町に寄ったりとか、友だちとお茶したり、なーんてできないんじゃない?
それは正直嫌なんだけどなぁ。

という気持ちが顔に出たのか。
それとも私が考えてることなんて、いつもどおりお見通しなのか。

カイルはフッと笑うと「案ずるな」と言った。
そして私の髪を優しく撫でる。

「おまえの大学生活に支障を来たすようにはせん」
「・・・ほんと?」
「本当だ。俺も大学へ通っていた時には配慮してもらった」
「あぁそっか。カイルもイシュタール大学に通ってたんだもんね。私たち、同じ大学に通うことになるね!」
「途端に嬉しそうな顔になったな」
「だって嬉しいもん」

エへへと笑う私に、カイルはやっとキスしてくれた。

「だからおまえは大学で学びたいことを学び、知識を得て来い。友人をたくさん作って大学生活を楽しめ」
「うんっ!」
「但し」と言うカイルの口調が、急に厳しくなった。

条件反射的に私は身構える。

「おまえが接触する友人の身元に関しては、こちらで調べさせてもらう」
「・・・・・・はぃ」

それは・・・国王(リ)の女である以上、仕方がないことだよね、うん。

「特に男に関してはな」
「それって嫉妬じゃないの!?」
「機密事項だ」
「うわ。今度は答えるの早っ」

なんかもう、この人って分かり易いんだけど、時々ひねくれちゃうから、結局色々難しい・・・。

「とにかく、ナギサ」
「はいっ!」
「合格おめでとう」
「・・・ゴライブ(ありがとう)」と私は言うと、カイルにニッコリ微笑んだ。

「今から砂漠へ行くぞ」
「・・え?」
「約束しただろう?カーディフの件が一段落したら、おまえを砂漠へ連れて行ってやると」

カイルは私の伸びた髪を自分の人さし指に巻きつけながら、そう言った。

そうされただけでも私のドキドキが高鳴るのは、相変わらずで。
カイルのイケメン顔を見上げたら、ますますドキドキは高鳴る一方で。

それでいて、何ヶ月も前に言った口約束を本当に実行してくれることが、とても嬉しくて。

相手がカイルだからというのも、それに拍車をかけてるのかもしれない。
だって私は、カイルのことが大好きだから。

この人を愛しているから。

心から湧き上がってくるその思いに圧倒された私は、思わず泣きそうになってしまった。
だけどひとまず涙は出さず、代わりに元気よく「うん!」と言って、笑顔でうなずいた。








砂漠まで片道(馬で)40分はかかるため、乗馬初心者の私が、私の馬であるルルに乗って行くと、砂漠に着く前に疲れてしまうかもしれないとカイルに言われた私は、彼の言うとおりにした。

つまり、私はカイルの馬であるコナーに乗せてもらった。
私の後ろには当然カイルが乗っていて、彼がコナーの手綱を握ってくれている。

そうするためには、カイルとできるだけ密着させなきゃいけないわけで・・・。
嫌じゃない、っていうより全然いい!
んだけど、公の場で何気にエッチなことしてるって感じがしないでもなくって・・・。

「もう少し俺にくっつけ。落ちるぞ」

なんて耳元で囁かれると、心臓のドキドキがもっと早くなっちゃうし!
みんなに見られてるわけでもないのに、妙に恥ずかしいし。
別の意味で疲れてしまう気が、しないでもない。

「ていうか、耳元で囁くくらいの距離にいるんだから、私たち、十分“くっついて”るんじゃない?」

ともっともな正論をつぶやくと、すぐ後ろにいるカイルはクスクス笑った。

あぁここじゃダメ!
この人の笑い声は、私の鳩尾をズキュンって疼かせるから!

・・・それでもカイルが心から笑う声をもっと聞きたいって思う私って、実は自分をいたぶるのが好きなのかな・・・。

「やはりコナーだけ連れてくれば良かったか」
「だ、ダメダメ!ルルだって砂漠行きたいって言ってたもん!それに・・・私もルルに乗って砂漠を走ってみたい」
「そこに“俺と一緒に”という言葉が入ってないのは何故だ」
「えっ!いや、だってそれはもう決定事項、じゃなくって、私にとっては当たり前だし!」
「そうか」

もう俺様国王、勘弁してください・・・。
と思いつつ、私は隣を単独で走っているルルをチラッと見た。

「ルルは元気そうだね」
「当然だ。ルルは大人しい性格だが、スタミナは十分ある。コナーも然り。そして俺もな」
「さ、最後は私だって知ってる・・てかそんなこと囁かないの!」
「大声で叫ぶ事でもあるまい」
「う・・・ちょっと趣旨が違ってきてるんだけど・・・」

でも面白い。
カイルと何気ない会話をするのが、とても楽しい!

それを証明するかのように、私たちはクスクス笑った。



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