砂の国のオアシス

「わぁ・・・!」

晴れた青空の下、周囲一面は砂漠だけ、という景色は壮観だ。
絵葉書か写真でしか見たことがない景色に、今自分がその場にいる。
それだけで感激した私の第一声は、「わぁ!」以外思いつかなくて。

でもそれから数秒後、私は「すごーい!」を連発していた。

そんな私の気持ちを理解してくれているのか。
カイルは私にニコッと微笑むと、「行くぞ」と言って、ルルに乗るのに手を貸してくれた。
そして私が手綱を握ったのを確認したカイルは、コナーに乗ると、私の横を歩き始めた。

「ねぇカイル」
「なんだ」
「ここ、危険じゃないの?」

広大な砂漠には、人気がない。
というより、私たちと護衛の二人以外誰もいない、貸切状態だ。
それはそれでいいんだけど、前「砂漠付近へは近づくな」とカイルが言ってたことを、ふと思い出して。

あの時は、まだ前アルージャと現カーディフの領土争いに決着がついてなかったっていうのもあったけど、それを抜きにしても、元々砂漠エリアは危険だと言われている。
だから誰もいないんじゃないの?

「ここは国境からも離れている上、砂漠でも安全な場所だ。但し、風が強い日は少々危険度が増す」
「あー・・なるほど。今日は風がない」
「案ずるな。俺はおまえを危険だと分かっている場所へ連れて行かん」
「うん。そうだね」


それで安心した私は、乗馬を楽しむことにした。

私がなじむため、そして景色を見る余裕があるように、最初はゆっくり。
それから少しずつペースを上げていく。

その間、私たちは無言だった。
元々私たちは、ペチャクチャ話しばかりするタイプじゃないっていうのもあるけど、この景色を堪能するために、話すことは必要ないとお互い思っていた。

ルルの息遣いまで聞こえてくる。
きつくはなさそうだ。

私はルルの鬣のすぐ横をなでながら、「むしろ嬉しそうだね」とつぶやいた。

「今日は風もない穏やかな日だ。雄大な砂漠を阻むものはない。コナーも思いきり走れる事を喜んでいる」
「・・・不思議」
「何がだ」
「さっき緑豊かな自然の場所を通って、今は砂漠にいること」
「どちらも“自然”に変わりはない」
「そうだけど・・・違う自然がちゃんと共存できてるよね」
「幸い我が王国は、自然と人間が、互いに持ちつ持たれつの関係を保ち続けることが出来ている」
「なるほど。“砂の国”だもんね」

だいぶ前にカイルが誇らしげな顔でそう言っていたことを、ふと思い出した。

「俺たちは共通点があるな」
「え。どこ」
「おまえの名前。おまえが好きな俺の髪の色。どちらもガイネアム(砂)だ。」
「あ・・・そうだね、うん」

てか「おまえが好きな」って・・・まぁ好きだけど・・・。
ここには他に護衛の二人しかいないし、二人は距離を取ってくれてるから、私たちの会話までは聞こえてないとは思うけど、やっぱり・・・照れる。

「やはりおまえは“砂の国”に来て、俺と出会う運命だったのかもしれんな」
「そう言われるとなんか・・・ロマンチックに思えてくるね」

考え方次第で物事のとらえ方も変わるけど、カイルの場合は、何事も、俺様国王の目線でとらえてるよねぇ。
ある意味ポジティブ主義っていうか。
それだけ自分に自信持ってるんだろうな。
いつも堂々として、カッコよくふるまってるし・・・あぁっといけない!

今はカイル鑑賞より、砂漠にいることを楽しもう!

「おまえに風力発電の基地も見せてやりたいが、あそこは風が強い。頃合いを見て連れて行ってやろう」
「うん!」

そのとき、見計らったかのようにカイルがスピードを上げた。
私もカイルたちに追いつくように、ルルにスピードを上げてもらう。

私の目の前に見えるのは、雲一つない青い空、そしてカイルの髪と同じ、砂漠の砂の色。それだけ。
同じような風景が、360度広がっているように見えるけど、ルルが一歩進むごとに、それは微妙に変わっていて。
果てしなく続いているように見えるけど、いつかは「果て」がある風景。
ここだけじゃなくて、どこでも。
私が動いている限り。

生きている限り、終わりのない変化は必ず訪れる。

ますます心がウキウキしてきた私の顔は、満面笑顔になっているに違いない。
ここが山の頂上だったら、「ヤッホー!」って叫んでいると思う。
風でなびく髪から、手綱を握っている手から、ルルの温もりから、今見ているこの風景から実感する。

私は生きてるって。

「楽しいか?」
「うんっ!壮観な砂漠を走るのって気分爽快だね!」

ホントは両手を横に広げたい気分だけど、手綱を外す勇気はまだない。
それでも気分はスカッとするほど、めちゃくちゃ爽快だ。

私は笑顔のまま、隣にいるカイルのほうを向くと、「ゴライブ!」と言った。

「砂漠に連れてきてくれてありがとう!」
「・・・・・・」
「・・・はい?」

私が左手を耳のそばに当てて、「聞こえない」というジェスチャーをすると、隣のカイルはフッと笑った。

あれ?カイルが近くなった。
と思ったとき、彼はルルの手綱を握っていた。

必然的に私たちはその場に留まる。

私は自然に、ルルの手綱をカイルに渡す格好で離していた。
カイルはコナーとルル、両方の手綱を握ったままなので、私との距離もかなり近い。

「You’re so・・・beautiful」

それを聞いた途端、私の笑顔は引っ込んだ。
なんで私の体・・・震えてるんだろ・・・。
力を入れるように両手をギュッと握ったとき、私の手の甲に涙がポタッと落ちた。

咄嗟にうつむいた私の顎にカイルは手を添えて、自分の方に向かせる。
風もないのにオレンジの香りが微かにした。

「ごめ・・・わたしの泣き顔、ヘンだから、あんま・・見られたくない、んだけど・・・」
「俺はおまえが嬉しくて泣く顔も美しいと思う」
「そかな・・」
「この俺がそう言っている。間違いない」

相変わらずカイルの言い方は俺様目線だなぁ、と思いつつ、私は泣き顔で微笑むと「そうだね」と言った。

「ナギサ・・」とカイルが囁く。
イケメン顔が近づいた、と思ったら、唇にそっとキスしてくれた。

「ん・・・」
「おまえは美しい・・・おまえの全てが・・・美しい」

そう言いながら、カイルは何度か私にキスをした。
この人はホントにそう思ってくれていると思うのは、カイルの声が私には切なく聞こえてくるからなのかな・・・。

カイルはキスをやめて私から離れると、コナーからおりた。
そして私に両手を伸ばして私をルルからおろすと、私を抱きしめたまま、キスを続けてくれた。

私は爪先立ちになり、両手をカイルの首に回してできる限りカイルにくっつくと、カイルとのキスを堪能した。

あぁ私・・・カイルが好き。愛してる。
その気持ちを込めて、キスを返す。
時々柔らかな砂色の髪を、手でくしゃっとかき回すように触れることも忘れずに。

ようやくキスをやめた私たちは、額をくっつけたまま、荒くなった息を整えた。

「スキダ、ナギサ・・・」とカイルは言って、鼻の頭で私の鼻の頭をチョンとつつく。
唇の次は鼻キスだ。

「私も・・あなたが好き」
「I love you」

感動してまた涙が出てきた私は、泣きながら何度もうなずくと、「ぅん」とつぶやいた。






この日、砂漠の砂を少しだけ持ち帰った私は、以前町でカイルに買ってもらった香水瓶に、その砂を入れてみた。

空だった瓶の中に、4分の3ほど砂を入れてふたを閉めると、窓辺へ持って行って、夕焼け色した空にかざす。
夕陽に瓶がキラッと反射して、砂もキラキラ輝いて見える。

「わぁキレイ・・・!」

誰もいない部屋の中で、私はひとり、つぶやいた。

その頃、いや、その前からカイルと私の周辺で渦巻いていた陰謀はもちろん、その時カイルが護衛のウィンと何を話していたのか、そもそもウィンと話していたことすら、もちろん知らない私は、手に持っていた香水瓶のキラキラをカイルにも見せたいなぁと、のん気に考えていた。






そして翌週。
私の護衛をしてくれる人が来た!

「これがヘンリエッタだ」
「ええぇっ!あの・・・!?」

“ブラックウィドウ”と呼ばれていた、SU(エスユー)時代のカイルの上官!?
この人が!?
もっとこう、岩みたいにガッシリしたコワモテな人ってイメージがあったんだけど、いい意味で裏切られた。

ヘンリエッタさんは、ジェイドさんと系統は違うけど、すっごい美人さんだ!

「やっと公式に会えて光栄だ。私のことはエイチと呼べ」
「あぁはいっ。ナギサです。よろしくおねがいしますっ」と私は慌てて言うと、エイチさんが差し出している手を取って、握手をした。

「これからはエイチがおまえの護衛をする。大学への送迎はもちろん、講義も一緒に聴け」
「・・・え。それどういう意味」
「私もイシュタール大学の英文科に合格した。つまりおまえ同様、私も女子大生だ。さすがにこの任務をヒルダがするには無理がある」
「は?ヒルダさんって、え!?てかこんなセクシーな女子大生いませんよっ!」
「馬鹿者。この私を誰だと思っている」

う・・・この言い方、カイルそっくりなんですけどーっ!
もしかして、俺様国王の目線の物言いは、エイチさんが大元とか・・・?

カイルをはじめ、カイルの後ろに控え立っている護衛の二人は、笑うのをこらえているように見える。

「えと・・確か、変装がお得意、でしたっけ?」
「その通り」とエイチさんは言うと、私の肩にガシッと手を回した。

そして顔をグッと近づけて私に囁く。

「案ずるな。私らを無駄に目立たせることはせん。むしろその逆」
「逆?」
「アイデンティティはごく普通に。誰に印象にも残らず、残さず。変装の鉄則だ」
「は。なるほど・・」と私も囁き返す。

なんか私、大学じゃなくって、スパイ養成学校へ行く気分になってきた。

「とにかく、おまえは普段通り、自然にふるまっていれば良い」
「はい」
「そして私はおまえの護衛をするためにここに来たが、私たちは“年齢が近い”友だちだ。それを忘れるな」とエイチさんに言われた私はコクンとうなずいた。

「どこにいても私のことは友人に接するように接しろ。言葉遣いも然り」
「はぃ、じゃなくってうん・・ていうか、エイチさんもその言葉遣いは・・」
「これは私の素だ。慣れろ」
「ぶっ!なにそれ」と言いながらクスクス笑う私に、エイチさんが微笑みかけた。

「その調子だ。これからよろしくな、ナギサ」
「・・・うんっ」

エイチさんとなら、うまくやっていけそう。
根拠はないけど、そう言える自信みたいな手ごたえは感じた。


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