砂の国のオアシス
2
「何をしていたんだ!」
「な、何って・・・」
また叫びながら質問してきたカイルを、私はキッと睨み返した。
「街を見ていただけです!私っ!わたし・・・あなたの“ご意向”のせいで、2週間もずーっと部屋から出られなかったんですよ!しかも最初の1週間は、ドクターだけにしか会えなかった上に、ドクターとは患者的な話しかできない、その後の1週間は、食事を持ってきてくれたり、ごみを持って行ってくれるヒルダさんと、少しだけ会話できることが、ささやかな楽しみのひとつになって。後は本を読んだり、掃除したり、部屋についてるお風呂入ったり・・・」
「そうらしいな」
「退屈なのよ!あなたはこの2週間、ドクターやヒルダさんに言づけしただけで、私を室内に監禁して顔を見せようともしない!元の世界へ帰れるあてもない!スマホもまだ返してもらえない!って、返してもらったところで、もうバッテリー切れだから使えないけど」
・・・こんなことを国王であるこの人に言っても、状況が変わるわけじゃない。
ていうか私、国王に八つ当たりしてるし。
国王(カイル)の胸板ポカポカ叩くことまでしちゃったし!
・・・やっぱり処刑かな。
それでももう・・・いいや。
私なんて、どの世界にいてもいなくても、どうでもいい存在だし。
私なんかがいなくても、世界は回り続けるんだ・・・「なに、これ」。
カイルの服の胸あたりをギュッと握っていた私の手が、いつの間にかカイルによって開かれていた。
その私の手のひらに、カイルが何か置いた。
それは、小さな透明の容器に入った、たくさんの粒だった。
「種だ」
「あぁ・・やっぱり?で、これが何か」
「育てろ」
「・・・はい?」
私は思わずカイルのカッコいい顔を仰ぎ見た。
「そこの花壇に種を植えて、おまえが育てるんだ。道具はそこに用意してある。全ておまえのものだ」
カイルが顎をしゃくった先を見ると、手袋やスコップなど、真新しいガーデニングの道具一式が勢ぞろいしていた。
私は手のひらにある種を見て、またカイルを見た。
「これ・・・何の種ですか」
「さあな」
「え?さあなって・・・」
「俺も知らん。だから何の花が咲くのか、それとも実が成るのか、俺に教えてくれ」
「・・・・・・ん」
私は涙目でコクンとうなずいた。
「次の仕事までまだ時間がある。俺も種植えを手伝ってやろう」
「あ・・・りがと」
2週間もの間、ずーっと姿を見せなかったくせに、いきなり部屋へ来たと思ったら、人を物みたいに担いだり。
大柄で引き締まった体から溢れ出ている威圧感は、相変わらず怖い・・・と思ってたけど、本当は違うのかもしれない。
だって私、カイルのことを怖がっていない。
この人、怖そうで、実はすごく・・・優しいと思う。
だから私は、カイルのことが怖いんじゃなくて・・・畏怖の念を抱いていると思う。
そのとき、「俺のことを考えているのか?」とカイルに言われて、私は我に返った。
あああぁ、私、種植えた後、ずーっとカイルのこと見てた!!
「えっ?いやいやそんな・・・」
「俺鑑賞はもう終わりか」
さっきまで横向きだったカイルの顔が、私を正面から見ている。
ニヤニヤしてるのが、すごーく癪に障るんですけど!
何かもう、この人が言うことあれこれを認めたくないってひねくれ精神が、ムクムクと湧き出てくる。
と思った矢先、カイルが私に顔を近づけた。
そして、「ナギサには、好きなだけ俺を鑑賞しても良いと許可してやる」と囁くと、スッと伸びた高い鼻で、私の鼻をチョンとつついた。
「ぎゃっ!いや、結構ですっ!ていうか、ごめんなさい!リ・コスイレのことをジロジロ見たりして・・・」
「カイルと呼べ」
う。カイルの声が不機嫌になってしまった・・・。
「で、でも、ここ、人がいます・・・」
「護衛だ。気にするな」
「はぁ・・・」
気にするなと言われても、やっぱり護衛の人だって気になるんじゃないかなーと思うんだけど・・・。
とにかく、これ以上カイルを不機嫌にさせないためにも、この話はもう終わりにしよう。
と思ったそのとき、タイミング良く「美人さん」がこっちにやって来た。
わぁ。この人やっぱり美人だわぁ。
背も高くてスラッとした細身なのに、胸は絶対私より大きい。
それにあのくびれ・・・あぁ私も欲しい。
整った顔立ちとか、服の着こなしとか、言葉遣いとか、品の良い所作とか。
全てにおいて、美人さんは、私より大人の女性だなと思う。
「リ・コスイレ。ナギサ様のお部屋の仕度が整いました」
「分かった。ナギサ、行く・・・」
「申し訳ございませんが、カイル様は次の会議のお時間が迫っております」
カイルの眉間にグッとしわが寄った。
わわっ!しゃべってなくても、カイルが不機嫌だというのが十分伝わってくるーっ!
「何とかしろ」
「それでも迫っております」
うわ!国王相手に美人さん、何気に言い返してるーっ!
やんわり風なんだけど、有無は言わせないって感じが、カイルと似てるような・・・。
カイルは上から目線で美人さんを一睨みすると、フッと笑った。
え?笑った?
てことは、機嫌治ったのかな。
「おまえはクビだ」
って全然治ってないよ!
「これで何度目ですか」
「数えきれんな」
「でしたらクビ宣言はやめてください」
「・・・仕方ない」
「悔しかったら、私以上に有能な秘書を見つけてください」
二人は正面から睨み合って・・・ニッコリ笑った。
違う雰囲気。違う世界。
何か私、この輪というか、二人の仲の間に入れない。
入っちゃいけないって気がする。
「ナギサ、悪いが俺は次の仕事へ行かなければならない。ジェイドがそこまで言うのなら、時間が押しているということだ」
美人のジェイドさんが微かにうなずいているのが視界の隅っこに見えた後、私は「はい」とつぶやいた。
「ジェイド、ナギサを部屋に案内しろ」
「は?・・・・かしこまりました、リ・コスイレ。会議は西棟の広間でございます」
「分かった。おまえもナギサを案内し終えたらすぐに来い」
「あのー、部屋へは私一人で行けます・・・」
「新しい部屋を用意した。今からそこへ行け」とカイルは言うと、サッサと歩いて行ってしまった。
「え?新しい部屋って・・・」とつぶやく私に、ジェイドさんは「行くわよ」と言うと歩き出した。
カイルとは反対方向に。
そしてカイルみたいにサッサと、優雅に。
「聞こえなかったの?行くわよ」
「あぁはいっ!」
立ち止まってくれていたジェイドさんに並ぶと、ジェイドさんはまた無言で歩き出した。
さっきカイルに「俺鑑賞」と言われたこともあって、隣を歩くジェイドさんのことは、極力見ないようにしていた。
それに、ジェイドさんは私のことを嫌っているというか、あまり関わりたくないと思っている気がする。
だからジェイドさんと二人でいるのは、何となーく気まずい・・・。
そのとき、ジェイドさんが歩きながらクスクス笑いだした。
あぁ、ジェイドさんって、笑い声も優雅だなぁ、と思いながら、私はチラッと横を見た。
「何か」
「ん・・・部屋の案内だったら、そこにいた護衛の一人に頼めばいいのに。あんなカイル、初めて見た」
「は・・い?」
話の内容よりも、ジェイドさんが「カイル」と言ったことが気になる・・・。
「嫉妬してるのよ、カイルは」
「・・・は?」
「あの人、自分は行けないのに、他の男とあなたが一緒だってことが気に入らないの」
「はぁ?まさかそんな・・・」
アハハと笑ったのは、私一人だけだった・・・。
「この二週間、カイルは諸外国を訪問してたの。公務の内容は機密事項だから・・・というより、あなただから内容は言えないわ」
「そうですか。別に知りたいとも思わないので」
またのけ者にされた気がすると思った私は、つい、つっけんどんに言い返してしまった。
大人気ない態度をジェイドさんの隣で取ると、ますますそれが悪目立ちする。
「気を悪くしたらごめんなさいね。でもこれは本当のことだから」
「いえ、いいんです。ホントに」
頑なに前を見たままの私だけど、横からジェイドさんの視線を感じる。
ジェイドさんはため息をつくと、ポツポツと話し出した。
「な、何って・・・」
また叫びながら質問してきたカイルを、私はキッと睨み返した。
「街を見ていただけです!私っ!わたし・・・あなたの“ご意向”のせいで、2週間もずーっと部屋から出られなかったんですよ!しかも最初の1週間は、ドクターだけにしか会えなかった上に、ドクターとは患者的な話しかできない、その後の1週間は、食事を持ってきてくれたり、ごみを持って行ってくれるヒルダさんと、少しだけ会話できることが、ささやかな楽しみのひとつになって。後は本を読んだり、掃除したり、部屋についてるお風呂入ったり・・・」
「そうらしいな」
「退屈なのよ!あなたはこの2週間、ドクターやヒルダさんに言づけしただけで、私を室内に監禁して顔を見せようともしない!元の世界へ帰れるあてもない!スマホもまだ返してもらえない!って、返してもらったところで、もうバッテリー切れだから使えないけど」
・・・こんなことを国王であるこの人に言っても、状況が変わるわけじゃない。
ていうか私、国王に八つ当たりしてるし。
国王(カイル)の胸板ポカポカ叩くことまでしちゃったし!
・・・やっぱり処刑かな。
それでももう・・・いいや。
私なんて、どの世界にいてもいなくても、どうでもいい存在だし。
私なんかがいなくても、世界は回り続けるんだ・・・「なに、これ」。
カイルの服の胸あたりをギュッと握っていた私の手が、いつの間にかカイルによって開かれていた。
その私の手のひらに、カイルが何か置いた。
それは、小さな透明の容器に入った、たくさんの粒だった。
「種だ」
「あぁ・・やっぱり?で、これが何か」
「育てろ」
「・・・はい?」
私は思わずカイルのカッコいい顔を仰ぎ見た。
「そこの花壇に種を植えて、おまえが育てるんだ。道具はそこに用意してある。全ておまえのものだ」
カイルが顎をしゃくった先を見ると、手袋やスコップなど、真新しいガーデニングの道具一式が勢ぞろいしていた。
私は手のひらにある種を見て、またカイルを見た。
「これ・・・何の種ですか」
「さあな」
「え?さあなって・・・」
「俺も知らん。だから何の花が咲くのか、それとも実が成るのか、俺に教えてくれ」
「・・・・・・ん」
私は涙目でコクンとうなずいた。
「次の仕事までまだ時間がある。俺も種植えを手伝ってやろう」
「あ・・・りがと」
2週間もの間、ずーっと姿を見せなかったくせに、いきなり部屋へ来たと思ったら、人を物みたいに担いだり。
大柄で引き締まった体から溢れ出ている威圧感は、相変わらず怖い・・・と思ってたけど、本当は違うのかもしれない。
だって私、カイルのことを怖がっていない。
この人、怖そうで、実はすごく・・・優しいと思う。
だから私は、カイルのことが怖いんじゃなくて・・・畏怖の念を抱いていると思う。
そのとき、「俺のことを考えているのか?」とカイルに言われて、私は我に返った。
あああぁ、私、種植えた後、ずーっとカイルのこと見てた!!
「えっ?いやいやそんな・・・」
「俺鑑賞はもう終わりか」
さっきまで横向きだったカイルの顔が、私を正面から見ている。
ニヤニヤしてるのが、すごーく癪に障るんですけど!
何かもう、この人が言うことあれこれを認めたくないってひねくれ精神が、ムクムクと湧き出てくる。
と思った矢先、カイルが私に顔を近づけた。
そして、「ナギサには、好きなだけ俺を鑑賞しても良いと許可してやる」と囁くと、スッと伸びた高い鼻で、私の鼻をチョンとつついた。
「ぎゃっ!いや、結構ですっ!ていうか、ごめんなさい!リ・コスイレのことをジロジロ見たりして・・・」
「カイルと呼べ」
う。カイルの声が不機嫌になってしまった・・・。
「で、でも、ここ、人がいます・・・」
「護衛だ。気にするな」
「はぁ・・・」
気にするなと言われても、やっぱり護衛の人だって気になるんじゃないかなーと思うんだけど・・・。
とにかく、これ以上カイルを不機嫌にさせないためにも、この話はもう終わりにしよう。
と思ったそのとき、タイミング良く「美人さん」がこっちにやって来た。
わぁ。この人やっぱり美人だわぁ。
背も高くてスラッとした細身なのに、胸は絶対私より大きい。
それにあのくびれ・・・あぁ私も欲しい。
整った顔立ちとか、服の着こなしとか、言葉遣いとか、品の良い所作とか。
全てにおいて、美人さんは、私より大人の女性だなと思う。
「リ・コスイレ。ナギサ様のお部屋の仕度が整いました」
「分かった。ナギサ、行く・・・」
「申し訳ございませんが、カイル様は次の会議のお時間が迫っております」
カイルの眉間にグッとしわが寄った。
わわっ!しゃべってなくても、カイルが不機嫌だというのが十分伝わってくるーっ!
「何とかしろ」
「それでも迫っております」
うわ!国王相手に美人さん、何気に言い返してるーっ!
やんわり風なんだけど、有無は言わせないって感じが、カイルと似てるような・・・。
カイルは上から目線で美人さんを一睨みすると、フッと笑った。
え?笑った?
てことは、機嫌治ったのかな。
「おまえはクビだ」
って全然治ってないよ!
「これで何度目ですか」
「数えきれんな」
「でしたらクビ宣言はやめてください」
「・・・仕方ない」
「悔しかったら、私以上に有能な秘書を見つけてください」
二人は正面から睨み合って・・・ニッコリ笑った。
違う雰囲気。違う世界。
何か私、この輪というか、二人の仲の間に入れない。
入っちゃいけないって気がする。
「ナギサ、悪いが俺は次の仕事へ行かなければならない。ジェイドがそこまで言うのなら、時間が押しているということだ」
美人のジェイドさんが微かにうなずいているのが視界の隅っこに見えた後、私は「はい」とつぶやいた。
「ジェイド、ナギサを部屋に案内しろ」
「は?・・・・かしこまりました、リ・コスイレ。会議は西棟の広間でございます」
「分かった。おまえもナギサを案内し終えたらすぐに来い」
「あのー、部屋へは私一人で行けます・・・」
「新しい部屋を用意した。今からそこへ行け」とカイルは言うと、サッサと歩いて行ってしまった。
「え?新しい部屋って・・・」とつぶやく私に、ジェイドさんは「行くわよ」と言うと歩き出した。
カイルとは反対方向に。
そしてカイルみたいにサッサと、優雅に。
「聞こえなかったの?行くわよ」
「あぁはいっ!」
立ち止まってくれていたジェイドさんに並ぶと、ジェイドさんはまた無言で歩き出した。
さっきカイルに「俺鑑賞」と言われたこともあって、隣を歩くジェイドさんのことは、極力見ないようにしていた。
それに、ジェイドさんは私のことを嫌っているというか、あまり関わりたくないと思っている気がする。
だからジェイドさんと二人でいるのは、何となーく気まずい・・・。
そのとき、ジェイドさんが歩きながらクスクス笑いだした。
あぁ、ジェイドさんって、笑い声も優雅だなぁ、と思いながら、私はチラッと横を見た。
「何か」
「ん・・・部屋の案内だったら、そこにいた護衛の一人に頼めばいいのに。あんなカイル、初めて見た」
「は・・い?」
話の内容よりも、ジェイドさんが「カイル」と言ったことが気になる・・・。
「嫉妬してるのよ、カイルは」
「・・・は?」
「あの人、自分は行けないのに、他の男とあなたが一緒だってことが気に入らないの」
「はぁ?まさかそんな・・・」
アハハと笑ったのは、私一人だけだった・・・。
「この二週間、カイルは諸外国を訪問してたの。公務の内容は機密事項だから・・・というより、あなただから内容は言えないわ」
「そうですか。別に知りたいとも思わないので」
またのけ者にされた気がすると思った私は、つい、つっけんどんに言い返してしまった。
大人気ない態度をジェイドさんの隣で取ると、ますますそれが悪目立ちする。
「気を悪くしたらごめんなさいね。でもこれは本当のことだから」
「いえ、いいんです。ホントに」
頑なに前を見たままの私だけど、横からジェイドさんの視線を感じる。
ジェイドさんはため息をつくと、ポツポツと話し出した。