砂の国のオアシス

「カイルは子どもの頃からイシュタールの国王になることが決まっていた。だからなのか、必要以上に他人を寄せつけないところがあってね。心から信頼できる人しか自分の周りに置いてないけど、それでもカイルは誰にも心の奥まで立ち入らせない。決して」
「じゃああなたは、カイ・・リ・コスイレに心から信頼されている一人なんですね?」
「そうね。カイルと私は幼馴染で、私は王族じゃないけど、高官の一族なの。それで子どもの頃からカイルを含めた王家と交流があってね」

ということは、釣り合いのとれた家柄なんだ。
まさに二人はお似合いじゃないの。

それなのに、なんでカイルは私に「俺の女になれ」なんて言った・・・あ、そうか。
「俺の女」って言葉どおりの意味か。

とにかく、欲しければ自分のものにする、ってこと。

カイルは、イケメンで、がたいもいい。
性格は・・・よく分からないけど、優しいところもあるし。
国王じゃなくてもモテるはず。
だからジェイドさんの他にも、「俺の女」はいるはずだ。
たぶん・・・たくさん。

やっぱり、という気持ちと、何か分からない気持ちが、私をどんどん気落ちさせていく。

「過去カイルの相手をしていた女性たちは、そこに“イシュタール国王”という肩書を見ていたし、カイル自身もそれを意識していた。ううん、それは今でも意識しているはず。その点あなたは何というか・・・楽よね」
「ラク、ですか」
「あなたは異世界から来た珍種。地位や権力争いを起こす元となる両親や親戚はいない。仲間もいない。友だちもいない。あなたを殺しても、誰も不審に思わない」

私は思わずジェイドさんの美人顔を見たけど、そんな私に構わず、ジェイドさんは話を続けた。

「そんなあなたを、国王であるあの人は好きにできるって、あなたを見つけたときに気がついたんじゃない?それこそ国王という肩書も気にする必要もなく、周囲の媚も利害も関係ない。だから得体の知れないあなたをその場ですぐ殺さずに、今も生かしてるんじゃないかしら」
「そ、それは、つまり・・・」
「まずは珍味をつまみ食い。美味しいと思えば食べつくす。でもその味に飽きたら・・・」

最後はニッコリスマイルでジェイドさんは締めくくったから、その先のセリフを自分で想像せざるを得なくて・・・。

うぅ、怖い。

「だからといって、まさかカイルが、こんな・・・子どもみたいな“女の子”に興味を持つとは思わなかったというのが正直な気持ち。今までカイルのそばにいた女性たちとあなたは、全然違う」
「あ・・・ハハハ」

ここで納得してしまう私もどうよと思うけど・・・でも、ジェイドさんが言いたいことは、よく分かる。

「今夜はカイル、あなたのために時間を取るはずよ」
「え?」
「そのためにこの二週間、私は国王(リ)が押しつけてくるハンパない仕事量に、かなりブチ切れながら応えてやったんだから!」
「はい?意味がよく分からない・・・」
「最初が肝心ってこと。この世界で生きていくしかないのなら、リ・コスイレを味方につけておいたほうがいいわよ」

ジェイドさんが目の前のドアを開けたことで、新しい部屋に着いたと分かった。

「それじゃ、私は会議に行くから」
「あ。ありがとうございました」
「がんばってね」とジェイドさんは言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。

私はジェイドさんの優雅な後姿を見送ると、新しい部屋へ入った。









そして夜になり、お風呂から上がった私は、バルコニーに立っていた。
夜景を見ようと思ったけど、前いた部屋より低くなったせいか、ここからだと王宮の庭しか見えなくなった。

私はバルコニーの手すりにもたれて、フゥとため息をついた。

「俺の女になれ」って、言い換えれば「俺とつき合おう」って意味だよね?
でも・・・なんで私なんだろう。
カイルだったら、それこそ「俺の女」は選り取り見取りのはず。
やっぱりジェイドさんが言ったとおり、異世界から来た私が物珍しくて、ちょっと試しにつまんでみようと・・・。

「つまむ」って、つまり・・・「いたす」のよね。
それが「男女のおつき合い」というものよね?

自分で考えついたことなのに、顔が真っ赤になってしまった!

あっちの世界もこの世界も、「人間」としての姿形は同じだ。
木とか花とか建物も同じ。
毒蛇「デイモンマ」っていうのは・・・あっちの世界にいるのかどうか知らないけど、ヘビの形だって同じだった。
それに、昼間照る太陽も、夜空に浮かぶ月も、輝く満点の星も、あっちの世界と同じだ。
だからなのか、ここは異世界というより、外国に来たって感じがする。
言葉は英語だから分かるけど、イシュタール語を話されると分からないって程度で。

それでもやっぱり・・・帰りたい。
ここは私が属する世界じゃないと思うから。


そのときドアが開いて、カイルが部屋に入ってきた。
やっぱりジェイドさんが言ったことは本当だった!

「思ったとおり、ここにいたか」
「あのー、せめてノックくらいしてくれませんか?」
「気が向いたらな」

ぐ。来たよ俺様!

「あーあ」と思ってる私の手をカイルがつかんだ。
そのままバルコニーから部屋の中へ私を引っ張る。

「ちょっと!乱暴はよしてくださいっ!」
「外に出たがる気持ちは分かるが、あまり頻繁には出るな」
「あなたが外出禁止令を出してるからでしょ!」
「明日からは、王宮の庭までなら自由に出歩いても良い」
「・・・・・・ほんと?」
「おまえには新たな仕事があるだろう?」

カイルがくれた種を育てること。

なぜかそれだけで、自由を得たような気がして嬉しくなった。
私は「ありがとう」とカイルに言うと、ニコッと微笑んでいた。

嬉しくて微笑んだのは久しぶりのような気がする。
そしてカイルと見つめ合ってるのは・・・初めて、かな。

この人ってホント、カッコいい。
例えて言うなら、カイルはギリシャ神話に出てくる、美青年アポロン・・・ううん、それより、上に立つ人の威厳があるという点では、全知全能の神・ゼウスのほうがしっくりくる。

少しカールしている、砂漠の砂のような色の髪。
キリッと切れ長のすみれ色の瞳、スッと伸びた高い鼻。
カイルの唇って、下唇のほうが厚いせいか、すごくセクシーだなと思う。

「おまえは俺鑑賞が好きだな」
「はっ!あぁごめんなさい、また・・・」

見飽きないというか、ついカイルに見惚れてしまうというか・・・うぅ。

「相手がナギサなら構わん」

あぁ!国王様からそんなことをサラッと言われると、心臓ドキンと跳ね上がっちゃうよ!
しかもカイルの顔が私に近づいてる気が・・・。

「あ、あのっ・・・」
「なんだ?ナギサ」
「か、カイルって、背高い・・・」

カイルの顔が止まった。
けど間近なままだ!

「おまえとはそうだな・・・30センチほど差がある。ということは、おまえから見たら皆背が高く見えるだろう」
「う。そりゃあ、まあ・・・」とつぶやきながら、「㎝」という単位も同じなのかと脳内にインプットする。

「30センチなら俺の許容範囲だ」
「へ?えーっと、何の・・・」
「屈むこと」

気づいたら、カイルの顔がグッと近づいて、キスされていた。

「ん・・・・な・・・」
「俺鑑賞の代金替わりだ」
「え!そんな・・・」

ファーストキスが「代金替わり」って・・・ちょっと悲しかったりする。
無意識でも、もうカイルに見惚れるのはやめよう!


「なぜ泣きそうな顔をしている。俺とキスしたことがそんなに不快だったのか?」
「や!いえっ!そんなことない!」

心外だという顔をされるのも、かなり俺様入ってると思うけど、ここで事を荒立てて、斬られでもしたら、私の人生終わってしまう!

ていうか・・・ただビックリしただけで、不快じゃなかったし。

「明日からこれを飲んでおけ」
「はい?」

カイルが差し出したのは、丸くて白い錠剤だった。
薬なのは一目瞭然だったから、思わずしかめ面になってしまった。

「案ずるな。これは避妊薬だ」
「ひっ!にん、やく・・・」

あああぁ、「俺の女になれ」が現実味を帯びてきた!

「おまえの世界にもあるのかどうかは知らんが、これは男の俺が飲んでも効き目がない」
「う」
「孕んで困るのはおまえだ。一日一錠飲め」
「・・・・・・はぃ」

「珍味をおつまみ」が、非常に現実的に迫ってきてる気がする・・・。

小さな白い錠剤に、現実の重みをヒシヒシ感じていた私に、カイルは「じゃあな」と言った。

「あ・・はい」

心底安堵した中に、もう行くの?という気持ちが、ほんの少しだけ芽生えていたけど・・・言う必要はない、よね。

「寂しそうな顔をするな」
「なっ、そんなことない・・・」と私が言ってる途中で、カイルは「また来る」と言うと、ドアの方へ歩き出した。

私は咄嗟に手を伸ばして、すぐ引っ込めた。

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