A voiceprint
 籠もっていた地に戻り、シャワーヲ浴びて一息した頃に携帯電話がかかってきた。登録の文字は「SS」。携帯をとる。すると低くそして渋い声の主が黒川の元へ。
 「実験の準備は整いましたか?」
 「ええ。大丈夫です。」
 「これで、あなた達を陥れた社会への復讐がやっと出来ますね。」
 「そうですね。」
 「私もこの研究の成果で人々がどういう反応を示すのか楽しみです。」
 「フッ。」
 黒川は喜びとも悲しみとも言えぬ様な声を出した。

 「何かあったら後は我々に任せてください。」
 「わかった。」
 電話が切れる。携帯を戻し、手を頭の後ろに乗せ大の字。
 「yumika・・・」 
 
 黒川は目を閉じて過去の幸せだったときを思い返していた。
 プロデューサーとして金も名誉も取り入れた彼だったが、最高に幸せだった瞬間はyumikaなしにはありえなかった。
 
 もともとあまり人付き合いが得意ではなかった黒川の信用できる人間はもともと少なかった。そのため、手に入れた名声と反比例してマスコミに執拗なまでにプライベートを奪われることが耐えられなかった。そのためあまりもともと表舞台に出なかった。しかし自分以上にyumikaが人手に出るのが苦手だったため、一時期は表舞台に出た。良太が一人前になってからはyumikaのステージの司会も彼に任せ、自分が表に出るのをできるだけ避けた。そしてyumikaと二人だけの時間を大切にした。

 もちろんyumikaも少ない二人の時間を大切にしていた。まるで都会と田舎の遠距離恋愛のように二人だけで会う機会はそれほど少なかった。
 その少なかった時間の出来事を一つ一つ振り返り、噛み締めていた。

 そして今でも思い出すたびに涙が止まらなかった。
 
 「私には何もない・・・」

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