A voiceprint
拍手の後、やがて静寂に変わる。
 音楽が鳴り始めるが、普段流れているようなCDの音源と違い、今回は生ピアノ演奏だった。
 natuは明らかに異変を感じたが、音楽に合わせて歌う。ピアノの進行の仕方がとてもnatuにとって心地よく、そしてとても歌いやすかった。そのためより感情をこめて歌うことができた。
 リハーサルと違っていたことは良太もわかっていたので、このとき『何でだ?』と不思議に思っていたが、それでもうまくnatuが歌っていたので、当日に忙しかった自分には通知できずに誰かがより良い演出を変えたのだろうと解釈し、安心した顔になる。
 natuと客の一体感。歌い終えると同時に大きな歓声。

「ありがとう」
 声を出さずに歌い終えたと同時にそうお客さんに対してつぶやいた。
 
 「最高」
 「ワー」
 羽美は泣いてしまって声が出ない。いつまでも鳴りやまぬ歓声が起こる。
 
 「悲しみの歌」はこうして初めて人前で披露されたのだった。しかし正確に言えばこの曲は「黒川版悲しみの歌」である。

 その後もnatuは最後までしっかり歌いきって、約2時間にも及ぶシークレットコンサートは大成功に終わった。
 とにかく選ばれたお客は幸せだった。心地よいこのコンサートはあっと云う間だったというのが正直なところだろう。今のうちは・・・。
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