A voiceprint
 「黒川晋さんですね。」 
 一番年上の男が声をかけてきた。
 「はい?」
 「私達はこういうものです。」
 すると年上の男が警察手帳を黒川だけに見えるようにこっそりと見せた。黒川は怪訝そうな顔をし、小さい声で対応するようにした。
 
 「いったいなんですか?」
「すみません、黒川さんですね。ちょっとよろしいですか?」
「はあ。」
「実は、新型麻薬の密売人として重要参考人となっています。どういうことか知りたいのでお手数ですが、署までご同行頂けますか?」
 「何を言っているんですか?」
 「逃げるわけにはいきませんよ。場合によっては、強制執行させて頂きます。」
 「馬鹿らしい。」
 「事が大きくなる前に、いかがですか?」 
 今度は大柄な男が疑い丸出しで言う。
 
 「僕には全く身に覚えがないし、何で重要参考人なんて・・・じゃあ、今は大事なコン  サート中なので明日ではダメですか?」
 「すみません。そういうわけには。」
 「それは困る。突然すぎるじゃないか。」
 「いいから、来るんだ。」 
 大柄な男が引っ張ろうとする。
 
 「やめろ。」
 黒川の声に後の方の観客が気づき何人か振り向く。しかしそれが黒川だということは気づいていなかった。

 最初は振り切ろうと抵抗していたが、これ以上今の状況をお客に見られると良くないと思い、黒川は静かに警察の連中と出て行った。 

 たいていの客は、結局は離れて座っていた黒川に気づくこともなく、すぐにyumikaの歌っている姿に夢中になった。
 しかし唯一、連行される所をこっそりカメラに撮っている新聞記者がいた。不敵な笑みを浮かべながら。

 
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