A voiceprint
そこは黒川がyumikaと内緒で知人から買った別荘だった。

 黒川とyumikaは2日続けて休みが取れたときには必ずといっていいほど別荘にいた。といっても、人気の歌手とプロデューサーに休みが取れるわけなどなく、実際は4~5回程度に過ぎなかったが・・・。

 二人は結婚の約束をしていた。yumikaは誰もが知るような歌手であり続けることよりも、黒川のお嫁さんになって普通にほのぼのと過ごすことのほうが余程幸せであったし、黒川もここまでyumikaの人気が大きく、そして長く続いていなかったらすぐに結婚していたに違いない。むしろ今の環境が二人の結婚をさせない状況であった。

 
 ・・・別荘で黒川とyumikaが仲睦まじく窓の外を見つめる。
 「ねぇ、晋さん。今度アルバムを出したらそろそろ私、引退してもいいかなぁ?」
 「どうしたんだい。急に。」
 「仕事を辞めたいのよ。」
 「辞めるって・・・なぜ。」
 「もう、ここまでやれたから私、満足よ。それに、忙しくってなかなか晋さんとこうしていられないんだもん。」
 「そうか・・・。」
 「ねぇ、晋さん、私を貰ってくれませんか?」
 「・・・」
 「ダメ?」
 「うん、わかった。じゃあもっと落ち着いたら一緒になろう。でも引退はまだだな。たとえ結婚してもファンが君を必要としている間は引退はしない。それが私からの唯一の条件だ。・・・私は君から離れないし、裏切らない。いいだろう?」
 「晋さん。・・・良かった。」
 
 黒川はyumikaを抱きしめた。小さいyumikaは上を向いて黒川に微笑む。黒川はyumikaの頭をなでた後に彼女の前髪を二手に分けておでこに軽くキスをした。yumikaはこの瞬間が大好きだった。きっとこんな日が毎日来るのをyumikaは心待ちにしていたのだろう。

 そして今もyumikaは別荘で自分を待っているに違いない。すぐに駆けつけなくてはいけないと黒川は思っていた。だからどう説明をするかだけを考えていた。どういう言い方が彼女の気持ちを安心させることができるか・・・それだけを考えて車を走らせていた。
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