委員長に胸キュン 〜訳あり男女の恋模様〜
「…………」


 俺が話を終えても、阿部君は無言だった。


「阿部君……?」

「あ、わるい。驚き過ぎて、声も出なかったよ」


 なるほど。確かに急に聞かされたら驚くだろうな。俺自身、もしかして悪い夢でも見てんのかな、って思うほどの話だしな。


「それで相原さん。いや、田村さんと呼ぶべきか?」

「相原でいいよ。それと、なんでさん付けなの?」

「だっておまえ、じゃなかった、おまえ様は、俺より一つ上でしょ?」

「そんな事、気にすんなよ。かえって俺が傷つく」

「そうか? わかった。じゃあ相原よ」

「なに?」

「俺に頼みって何? 悪いけど、俺がおまえのために出来る事なんて、何もねえような気がする」


 しまった。バイクの事を言うのを忘れた。


「いや、あるんだ。これはなんの確証もなく、単なる勘というか、希望なんだけど……バイクに乗ったら、俺の記憶が戻るんじゃないかと……」

「そうか。いいよ」


 あっけないほど、阿部君は即答だった。


「ありがとう」

「いいって。相原が一人で乗るんだよな?」

「う、うん」


 その方がリアルで効果的だと思うし、何より俺は、運転したくてうずうずしていた。


「免許証は不携帯だろうから、警察に捕まんないようにな?」


 そう言いながら、阿部君は俺にメットを渡してくれた。なるほど、無免許ではなく不携帯か。たぶんそういう事だよな。さすが阿部君、よく頭が回るなあ。


「ギアチェンジは解るか?」

「ワンダウン、フォーアップだろ?」

「そうだ。大丈夫そうだな?」

「ああ、大丈夫そうだ。自分でも意外だけど」


 俺はバイクに乗ってた記憶はないくせに、バイクの事だけは憶えていた。細かい事まで、不思議な事に。


 阿部君から受け取ったフルフェイスのメットを頭から被り、バイクにまたがってサイドスタンドを上げ、スターターを押すと、キュキュキュと音がしてすぐにエンジンが掛かった。たちまちシート越しに尻に伝わる振動が心地良い。

 右手でエンジンを吹かしながら左手を阿部君に向かってちょこっと上げ、その手でクラッチを握ってギアを1速に入れ、ゆっくりとクラッチを離しながらシュルシュルシュルって感じでバイクを走らせた。そして路に出ると、一気にスロットルを開けてスピードを上げていった。

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