LOVE or DIE *恋愛短編集*
「爽子さん、お見事な出来栄えでした。風鈴堂の名に恥じない素晴らしい物だと、職人の皆様も喜んでおいでです。今年の夏祭りはあれをメインに出店いたしましょうと、お父様が。よく頑張りましたね」

音もなく部屋に現れてそう言った母に対し、爽子は指をついて頭を下げ謝意を述べた。
黒く艶やかな長い髪が、さらりと肩を滑り降りて畳に広がる。
今回新作の題材として命じられた【金魚】の、美しく揺らぐ尾びれのようであった。

「また体調が優れないのですね、爽子さん。祭りの熱気にあてられてはいけません。当日はわたくしたちに任せて、ゆっくりお休みなさい」

元より身体の弱い爽子だが、決して今特別に普段より衰弱しているわけではなかった。
だが母にそのように言われてしまっては、自分も外に行きたいなどと言えるはずもない。
母は知っているのだ、爽子が本当はこの家を出たがっていることを。
こうして何かと理由を付けては、娘をこの家に縛り付けようとする。

「素晴らしい作品でしたよ、本当に。金魚の鮮やかな色使いと繊細で綿密な表現、躍動感……水面の波紋にまで凝っていらして。ええ、金魚を包む水も素晴らしかったです。全体にも透明感と清涼感があって、夏らしくてとても良かったですよ。お父様も褒めておいででした」

機嫌を取ろうとでもしているのか、こういう時母はよく喋る。
爽子の体調を理由に外へは出さないと言ったことを多少は後ろめたく思っているのかも知れなかったが、言葉の全てが爽子の癇に障った。
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