LOVE or DIE *恋愛短編集*
『ねえ陽ちゃん。今年の椅子は何かなぁ』


――紗枝。
お前はもう、本当にいなくなったのかな。
どうして俺には、お前の声が聞こえるんだろう。


『赤ちゃん用の椅子ってベルトが付いてるんだよ、落っこちちゃわないように』

『チャイルドシート? それもいいね、必要だもんねぇ』

『ねえねえ、ベビーカーも椅子と言えば椅子じゃない?』

『陽ちゃん上手に抱っこ出来るかなぁ。うん、今年はゆりかごでも許してあげる』




『陽ちゃん、メリークリスマス』




19時をまわっていた。

今日はクリスマスイブで。
俺にとっては椅子を買う日だ。

行かなければ、早く。


涙で汚れた顔を、ばしゃばしゃと水で洗い流した。
鏡に映った男の瞳の中には、まだ揺れる感情があった。


『赤ちゃんのことは恨まないで欲しいな』

あいつを産まなければ、紗枝は。

『愛して欲しいな、私たちの赤ちゃんを』

紗枝がいなくなることは、なかったのに。


『でももし、どうしても愛せなかったら――』


卑怯だ、紗枝。
そんなこと、出来るわけがないのに。




『2人分愛してくれますか?』




約束する……。
愛するよ、紗枝。

紗枝があいつを愛するはずだった分も。
俺が紗枝を愛するはずだった分も。
全部を、お前がのこしてくれたあの子に注ぐよ。
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