耳に残るは
あっという間に8月になった。
日差しの強い朝。
私は制服に着替えると執務スペースに足を踏み入れた。
始業15分前のオフィスは、まだ人もまばらだ。
「おはようございます」とすれ違うひとたちに軽く挨拶をかわしながら自分の席へ向かう。
歩きながら、遠目に、自分のデスクの上に見慣れない箱が置かれていることに気づいた。
箱の上には、手のひらサイズのクマのぬいぐるみがちょこんと座っていた。
あのクマは、普段なら私のデスク脇に飾られているものだ。
誰かが勝手に移動させたらしい。
何だ、あれは。
そう思いながらクマが載っている箱を見下ろすと「大阪土産 たこ焼きせんべい」の文字。
「お土産…?」
ひとり呟きながらクマをどかすと、二つ折りにされた付箋が姿を現した。
クマは、この箱を置いた人によってペーパーウェイト代わりにされたようだ。
私はキャスター付きの椅子を動かして腰を下ろしながら、貼られた付箋を手に取って
折り目を広げた。
付箋に書かれた、男の人らしい大きな字は川田さんのもの。
「山野さん おつかれ!大阪出張で、業務課のみなさんにもお土産を買ってきたので
食べてください。 小さいヤツは、山野さんのために買いました。良かったらどうぞ。 カワタ」
小さいやつ…って何?
と思いながら、視線を彷徨わせると、箱の影に隠れるように、
薄いグリーンの小さな円筒形のパッケージ、ピンクの細いリボンがついたものが
転がっていた。
パッケージの底に貼られた商品表示から、抹茶味のマーブルチョコだとわかった。
思いもよらないお土産に少し驚いたけれど、抹茶チョコは大好きなので嬉しい。
お礼を言わなくちゃ。
そう思って川田さんのデスクを見ると、既に仕事を始めている様子の彼は
課長の席に呼ばれてちょうど立ち上がるところだった。
・・・今は忙しそうだから、お礼はやっぱり後で言おう。
そう思いながら、今度は大きな箱をひっくり返して枚数を確認した。
お菓子の数が、オフィスの人数よりも少なければ人が少ない時間帯を狙って配る。
余るなら、誰に多めに渡すかを考える必要があるからだ。
もらっておきながらこんなことを言うのは良くないのだろうが、
ちょっとしたおやつを確保できるのは嬉しい一方で、夏休みを取る人の多い
この時期、頻繁にお土産配りの係に任命されると、地味ながら面倒だと
感じてしまうことは否めない。
でも今回は私のための嬉しいお土産を前に、朝から少し気分も弾んだ。
みんなのお土産は、3時になったら配ろう。
そう思ってデスク脇に移動させる。
マーブルチョコは、ちょっと考えてからペン立ての横、目につく場所に置く。
私は、PC電源を入れて起動するまでの間に、何とは無しに壁にかかっている
ホワイトボードの予定を眺めた。
川田さんの名前の横を見ると、今日はこのまま出かけて夕方まで戻らない予定が
書き込まれていた。
うーん・・・。
思い立った私は、起動したPCのメールボックスを開き、川田さんへ短いメールを打った。
"川田様 おはようございます。
大阪出張おつかれさまでした。
お土産、ありがとうございます。
たこ焼きせんべい、業務課のみんなで美味しくいただきます!
それから、可愛いパッケージの抹茶のマーブルチョコも
とっても嬉しいです。
今日はお忙しそうなので、メールで失礼します。山野"
送信、と。
そのまま受信したメールのチェックや、社内掲示板を確認していると
PCディスプレイの右はじに、新着メールのメッセージが出た。
川田さんからの返信だった。
"山野様
おはよう。喜んでもらえて良かったです。
こないだ、立て続けに抹茶味のお菓子をもらった気がしたから
抹茶が好きなのかと思って選んだんだけど、正解だったかな?
ホントは焼肉味のチョコが気になってたんだけどね”
あの花火大会の翌日以降。
私は、何かと川田さんと会話するようになり、その流れで
残業しているときは、お昼にコンビニで買った最新のお菓子を少しおすそ分け
したりもしたのだ。
そういえば、最近は抹茶味のもの、それもチョコを買うことが多かったっけ。
覚えてくれてたんだ。
ぷ。
焼肉味のチョコなんてほんとにあるのかな。
ちょっと笑いながら、私も返信した。
"抹茶が大正解"
送信ボタンを押してすぐ、2つほど離れた島の席にいる彼のほうを見る。
ちょうど、私の席は彼の表情が見える位置なのだ。
PC画面を真顔で見ていた彼の表情が、一瞬。少しだけほほ笑んだように見えた。
(あ、笑っ・・・)
すぐに表情を戻したと思ったら、そのままチラっとこちらを、見た。
PCディスプレイの間から視線が合う。
彼はそのまま、大きく笑って頷いた。
私もつられてほほ笑みながら、少し会釈をする。
そのまま彼は席を立ち、「行ってきます」と言いながら外に出て行った。
日差しの強い朝。
私は制服に着替えると執務スペースに足を踏み入れた。
始業15分前のオフィスは、まだ人もまばらだ。
「おはようございます」とすれ違うひとたちに軽く挨拶をかわしながら自分の席へ向かう。
歩きながら、遠目に、自分のデスクの上に見慣れない箱が置かれていることに気づいた。
箱の上には、手のひらサイズのクマのぬいぐるみがちょこんと座っていた。
あのクマは、普段なら私のデスク脇に飾られているものだ。
誰かが勝手に移動させたらしい。
何だ、あれは。
そう思いながらクマが載っている箱を見下ろすと「大阪土産 たこ焼きせんべい」の文字。
「お土産…?」
ひとり呟きながらクマをどかすと、二つ折りにされた付箋が姿を現した。
クマは、この箱を置いた人によってペーパーウェイト代わりにされたようだ。
私はキャスター付きの椅子を動かして腰を下ろしながら、貼られた付箋を手に取って
折り目を広げた。
付箋に書かれた、男の人らしい大きな字は川田さんのもの。
「山野さん おつかれ!大阪出張で、業務課のみなさんにもお土産を買ってきたので
食べてください。 小さいヤツは、山野さんのために買いました。良かったらどうぞ。 カワタ」
小さいやつ…って何?
と思いながら、視線を彷徨わせると、箱の影に隠れるように、
薄いグリーンの小さな円筒形のパッケージ、ピンクの細いリボンがついたものが
転がっていた。
パッケージの底に貼られた商品表示から、抹茶味のマーブルチョコだとわかった。
思いもよらないお土産に少し驚いたけれど、抹茶チョコは大好きなので嬉しい。
お礼を言わなくちゃ。
そう思って川田さんのデスクを見ると、既に仕事を始めている様子の彼は
課長の席に呼ばれてちょうど立ち上がるところだった。
・・・今は忙しそうだから、お礼はやっぱり後で言おう。
そう思いながら、今度は大きな箱をひっくり返して枚数を確認した。
お菓子の数が、オフィスの人数よりも少なければ人が少ない時間帯を狙って配る。
余るなら、誰に多めに渡すかを考える必要があるからだ。
もらっておきながらこんなことを言うのは良くないのだろうが、
ちょっとしたおやつを確保できるのは嬉しい一方で、夏休みを取る人の多い
この時期、頻繁にお土産配りの係に任命されると、地味ながら面倒だと
感じてしまうことは否めない。
でも今回は私のための嬉しいお土産を前に、朝から少し気分も弾んだ。
みんなのお土産は、3時になったら配ろう。
そう思ってデスク脇に移動させる。
マーブルチョコは、ちょっと考えてからペン立ての横、目につく場所に置く。
私は、PC電源を入れて起動するまでの間に、何とは無しに壁にかかっている
ホワイトボードの予定を眺めた。
川田さんの名前の横を見ると、今日はこのまま出かけて夕方まで戻らない予定が
書き込まれていた。
うーん・・・。
思い立った私は、起動したPCのメールボックスを開き、川田さんへ短いメールを打った。
"川田様 おはようございます。
大阪出張おつかれさまでした。
お土産、ありがとうございます。
たこ焼きせんべい、業務課のみんなで美味しくいただきます!
それから、可愛いパッケージの抹茶のマーブルチョコも
とっても嬉しいです。
今日はお忙しそうなので、メールで失礼します。山野"
送信、と。
そのまま受信したメールのチェックや、社内掲示板を確認していると
PCディスプレイの右はじに、新着メールのメッセージが出た。
川田さんからの返信だった。
"山野様
おはよう。喜んでもらえて良かったです。
こないだ、立て続けに抹茶味のお菓子をもらった気がしたから
抹茶が好きなのかと思って選んだんだけど、正解だったかな?
ホントは焼肉味のチョコが気になってたんだけどね”
あの花火大会の翌日以降。
私は、何かと川田さんと会話するようになり、その流れで
残業しているときは、お昼にコンビニで買った最新のお菓子を少しおすそ分け
したりもしたのだ。
そういえば、最近は抹茶味のもの、それもチョコを買うことが多かったっけ。
覚えてくれてたんだ。
ぷ。
焼肉味のチョコなんてほんとにあるのかな。
ちょっと笑いながら、私も返信した。
"抹茶が大正解"
送信ボタンを押してすぐ、2つほど離れた島の席にいる彼のほうを見る。
ちょうど、私の席は彼の表情が見える位置なのだ。
PC画面を真顔で見ていた彼の表情が、一瞬。少しだけほほ笑んだように見えた。
(あ、笑っ・・・)
すぐに表情を戻したと思ったら、そのままチラっとこちらを、見た。
PCディスプレイの間から視線が合う。
彼はそのまま、大きく笑って頷いた。
私もつられてほほ笑みながら、少し会釈をする。
そのまま彼は席を立ち、「行ってきます」と言いながら外に出て行った。