耳に残るは
予定通り仕事を上がった私は、観覧席になっているスペースを目指して美緒と二人で歩いていた。

「あった。あれだ」
美緒が指さす方向に、 企業名が書かれたカードが立てられたスペースを見つけた。

普段は芝生のグラウンドにブルーシートが敷かれている。靴を脱いで上がった。
観覧スペースは、既に他の社員の人たちで埋まりつつあった。

「おー!花村ー!山野ー!こっち!」

今回、声をかけてくれた奥田さんが手を振って呼んでくれた。
美緒とふたり、手を振り返しながら近づくと、奥田さんがそばにいる人たちに
「ちょっとごめん、もう少し場所、詰めてやって」と言ってくれている。

少し大きな声で奥田さんや周りの人に「ありがとうございます!すみません失礼します!」
と言いながら腰をおろしかけてハっとした。

「あの、ごめん。美緒、私、そういえば席取っておいてって頼まれてて。あんまり中に入ると、来たときに
探しにくそうだから、私が通路側に座っても良い?」

「いいよ。で、頼まれたって誰に?」

「営業2課の、川田さんだよ」

「川田さん?山ちゃん、仲良かったっけ?」

「んー、そういうわけじゃ・・・夕方に、たまたまコピー機のとこで一緒になったの。そしたら
花火大会の話になって、『打ち合わせで10分くらい遅れそうだから取っておいてほしい』って頼まれて」

「へぇ~」

美緒がニヤニヤしながら私を見ている。

「川田さん、なんでそんなこと山ちゃんに頼んだんだろうね?」

「さあ? なんでも何も。たまたま近くにいたからでしょ。」

「ふーん」

「何にもないってば。頼まれたの、けっこう終業ギリギリだったし。急に入った打ち合わせか何かで、
他の誰かに頼んでおくよりタイミングよく近くにいた私に言ってきただけでしょ」

「たまたま、ね。ま、今は聞かないわ。」

「今は、って何よ。もう」

「あ、ホラ、山ちゃん!回ってきたよ。ありがとうございまーす。いただきまーす。」

奥田さんたちが買い込んでくれたらしきポッキーやポテトチップスの載った紙皿が回ってきて話が中断された。

私はむっつりしながらも、ポッキーを手に取る。

それから、花火大会が始まるまでの数分間。

美緒が隣にいる同僚たちとしている他愛のない会話を聞きながら。

時間とともに色が濃くなっていく空を見上げながら。

私は思い起こしていた。

『山野さんの隣ね。』と言われたこと。

美緒から少し冷やかされたことで、考えてしまう。

あれに何か意味はあるんだろうか、と。

いや、本当は、川田さんからああ言われたときからずっと心の片隅で意識していた。

ずっと、考えていた。

だけど、私はそれほど鈍感なつもりはないが、ああ言われただけで「私に気がある!」なんて
勘違いするほど馬鹿な女にもなりたくない。

30手前にもなって、あれだけのことで舞いあがって喜んでたら、
相当イタい女じゃないか。

(それにしても・・・)

そういえば大きな手だったなぁ。背も大きいし、当然か。

あの手に、あの朝かばってもらったんだった。

不意に距離が近くなった瞬間、見上げたときの彼の表情が頭に浮かぶ。

私を見下ろす瞳が、まつげで陰って黒目がちになっていて、

やけに低く響いた声とセットになって、ドキっとしたんだった。

でも。

あの朝以降、川田さんから必要以上に話しかけられたりした記憶はない。

確か川田さんは、私より2年先に入社しているが、この数年で一度として同じ営業所になったことはなかった。
仕事の種類も違う。

だから、同じ営業部にいながら、課も仕事内容も彼とは違う私は、同じ飲み会に参加することすら無かった。
今年の春に川田さんが同じフロアに異動してきて初めて、彼の顔と名前を一致させたくらいだ。
要するに、本当に接点がなかったのだ。
実際に言葉を交わした時間をつなぎ合わせても、正味、1時間もないはず。

もし、川田さんが私に興味を持ってくれたとして。
なぜこの、接点のない状況でそうなるのかが理解不能だ。

(うーん・・・恋愛経験少ないからってちょっと何かそれっぽいことあると、
重く考えすぎちゃってるのかな。こういうこと、具体的に相手を思い浮かべて
考えるの久々だしな・・・)

「山ちゃん?ちょっと、どうしたの難しい顔して」

美緒に話しかけられ、思考を中断させた。

「ううん、なんでもないよ。考え事してただけ。そろそろだよね。時間」

「そうだねー」

そのとき、ポン!ポン!と白い煙が空に上がり、美緒と二人で顔を見合わせた。

「あ、開始の合図だ!」
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