耳に残るは
花火大会が始まった。

なまぬるい弱風の中で、夜空に打ち上がる大輪の花。

私は、パラパラと舞い落ちる火花の音と、時間差で追いかけるように響く重低音を感じながら、
空を見つめていた。

「今の、すごかったねぇ」という美緒にうなずくと、じんわりと汗を感じる。

横に置いているバッグの中を探り、ハンカチタオルで汗を抑えて戻そうとすると、
真っ黒な画面のまま、何も映さないスマホが目に入った。

ふと思い立ち、スマホを取り出して時刻を確認する。
花火大会が始まって、既に30分は経っていた。

『10分くらい遅れる』と言っていた川田さんは、まだ来ていない。

携帯をバッグに戻すと、美緒がトントンと私の肩をつついてきた。
振り向くと、花火の音でかき消されてしまわないよう耳元で聞いてくる。

「そういえば、川田さん来ないね。10分くらい遅れるって言ってたんでしょ?」

私も、うなづきながら美緒の耳元で言い返す。

「うん。打ち合わせ長引いてるのかもしれない」

座る人のいない、右隣をチラっと見た。

「川田さんから何か連絡来てないの?」

「いや、その前に私、連絡先交換してないから・・・」

そうだ、私は彼の連絡先を知らないんだ。
あんな頼み事、引き受けるなら聞いておくべきだったか。

黙って考え込んでいる私を見た美緒が、少し考えるようなそぶりの後に言った。

「川田さんって、奥田さんと同期じゃない? 連絡来てないかな? それか、連絡取ってもらう?
今、どこにいるかくらい聞いてみようよ」

美緒は、入社したての頃に同じ課だった奥田さんと仲が良い。

「そうだね、第一部が終わっても来なかったら、奥田さんにきいてみてもらえる?」

「うん。いいよ」

「ありがと、美緒」

二人して、また色とりどりに輝く花火観賞に戻った。

濃紺の空の下にひときわ大きく輝く、しだれ柳のような花火が上がった。

ああ、きっともうすぐ第一部が終わろうとしているのだろう。

なぜだか、川田さんがもう来ないような気がしてきた。

なんだ、このがっかり感。

しかも私、なんかドキドキしてた。
待ってる間、いつ来るんだろうって思ってた。

不思議だ。急に『席取っておいて』って言われただけなのに、
今は「一緒に花火見たかったかも」なんて思えてきている。

消えかかるしだれ柳の後に十連発の花火がうち上がった。
火花の残像と白い煙が残る夜空を見ていたら、第一部終了のアナウンスが流れ出す。
座っていた人たちが動きだした。
第二部の開始まで、15分ほどの空き時間があるらしい。

美緒がさっそく、腰を上げた。
「終わったね。じゃあ、聞きに行こうか」
宣言通り、奥田さんに聞きに行こうと体の向きを変えた彼女のスカートの裾を
とっさに軽くつかんで引き留めた。
私も遅れて立ち上がる。

一緒に花火見たかったかも。
そう思ったはずなのに。

それなのに。
美緒に向かって口を突いて出た私の言葉は、なぜか
「美緒、やっぱり奥田さんに聞かなくて良いや」
だった。

美緒が怪訝な顔をする。

「へ?なんで?」

私も私で、言ってしまってから「何を言ってるんだろう」と思っている。
いま、誰に何を納得させたいかわからないまま、しどろもどろでさらに続けて言った。

「だって、仕事が片付かないのかもしれないし。連絡なんかしたら、
来れないこと気にしちゃって仕事に集中できなくてあせらせちゃうかも。
奥田さんにも面倒かけちゃうよ」

そう言いながら、思った。
違う。そんなのこじつけの、言い訳だ。
本当は、そうやって聞くことで、まるで「彼に来てほしくてしょうがない」と
思ってるみたいになるような気がして、それが何となく悔しいんだ。
バカみたいだ、そこまで考える必要ないのに。

「えぇ~?でも、来てないのは事実なんだし・・・あ・・・」

だけど、いまさら出した言葉を引きもどせなくて、
さらに言葉をつづけようとした私は、美緒の表情の変化にも
後ろに立つ人の気配にも、気づけないまま。

「そうだけど!来ないなら来ないで、仕方な・・・わっ?」

突然、肩に感じる重み。誰かの手。

「・・・仕方ないなんて、言わないでよ」

驚いて振り向くと、息を切らしながら彼が私の後ろに立っていた。

< 6 / 15 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop