耳に残るは
「・・・川田さん。」
「おつかれ。ごめん、遅れて。席取ってもらったのに。思ったより打ち合わせ長引いた」
下を向いたまま、まだ肩で息をしている。
本当に走ってきたみたいで、私の肩に乗ったままの彼の手は熱を持っていた。
「あー、久々に走った。会場着いたら着いたで人がすごくて動きにくいし、このまま
たどり着けないかもって焦って・・・あ、ごめん」
あわてて川田さんが私の肩から手を外したところで、美緒が言う。
「川田さん、おつかれさまです。」
「ん、花村さん。おつかれ」
ペコっとおじぎをした美緒は、
「じゃ、山ちゃん。私、奥田さんに仕事のことで言いたいことあったの思い出したから
ちょっと言ってくるね」
と言った。
「え?美緒?」
「またあとで!」
美緒はニヤっと笑って方向を変え、奥田さんがいるあたりに向かって歩いていく。
(絶対に用事なんか無いな、あれ)
そう思いながら美緒の背中を見送ると、川田さんが言った。
「取っててくれたのって、ここ?座って良いのかな?」
「あ、ハイ、そうです。座りましょう」
二人で腰をおろす。
「取っといてくれてありがとな。ひー、あっついなー今日は」
胡坐をかいた状態で、独り言のように呟きながら締めていたネクタイの根元を左右に動かして緩めた。
外れた第一ボタンからちらりとのぞく喉元を、ぼうっとしながら見ていたら、
彼が首をかしげて言った。
「・・・山野さん?どうかした?」
「あ!いや、あ、言い忘れてました。おつかれさまです!」
あわてて言うと、クスっと笑いながら
「ありがと。山野さんも、おつかれさま」
と言われた。
やばい。見てるのを見られた!っていうか何ジロジロ見てんだ、私!
焦りながらも恥ずかしさをごまかすように、言ってみた。
「あの、歩き売りのお姉さんがもうすぐこっちにも来ると思うんで。何か飲み物、買いましょうか?」
「いや、俺が買うよ。何か飲む?奢るよ」
「え、そんな、いいですよ」
「席取ってもらったお礼だから」
「いやいや!そんな、何もしてないし!」
「いいからいいから。すみません、おねーさん、こっち!ビールちょうだい!」
川田さんが私の言葉を遮るように言いながら、通路側に体を向けて手を挙げた。
「それから、遅刻したお詫びもあるから。奢らせてよ」
「そんな、お詫びなんて」
言いあっているうちに、ビール売りのお姉さんが来た。
「ビール、550円です。他にはご注文ありますか?」
「ビールひとつと・・・山野さんは何にする?ビール以外にする?」
急かされるように聞かれ、とっさに
「あ、じゃあ、ウーロン茶ありますか」
「ありますよ。200円です」
お姉さんが首から下げたクーラーボックスから、紙パックのウーロン茶を出したのを受け取る。
「合わせて750円です」
「どうも」
お金を払ってくれた川田さんが、目を細めて笑いながら言った。
「安いお礼で済んだな。そんなんで良いの?」
「いえいえ、そんな。充分ですよ。いただきます」
紙パックにストローを差すと、川田さんもビールの缶を開ける。
「じゃ、乾杯!おつかれー」
「おつかれさまです」
紙パックのウーロン茶と缶ビールを軽くぶつける。
彼が、喉を鳴らしてビールを飲んだ。
「…かーっ!うめー!」
目を閉じて言う彼の顔がおかしくて笑いながら
「オッサンがいる」と言うと
「なにぃ?まだ俺は32だ!オッサンじゃないぞ。お兄さんと呼べ」
と笑いながら言われた。
「あ、もう32歳なんですか?お誕生日いつ?」
「誕生日はね、6月25日だよ」
「え、ついこないだじゃないですか」
「そうだよ。山野さんは、誕生日いつ?」
「私は、12月12日です」
「ぞろ目じゃん」
「はい。年は聞かないでください」
「わかった。で、俺、平成17年入社だけど山野さんは?」
ニヤっとしながら川田さんが聞いてくるので、笑いながら私も答える。
「私は平成19年・・・ってトシ聞かないでって言ったじゃないですか」
『聞くな』と言ったけど、別に本気で隠すことでもないしね。
川田さんが何か口を開きかけた瞬間、
「あれ?川田じゃん。来たのかよ」
頭の上から、驚いたような声がした。
川田さんと二人して振り向きざまに上を仰ぐと、フランクフルトの載ったお皿を両手に持った
奥田さんと、そのあとに同じくお皿を持った美緒が立っていた。
「おう、奥田。来たよ。おつかれ」と手を上げた。
「なんだよ、今朝聞いたときは『行かない』って言ってたじゃんか」
「おー。や、予定詰めてったら思ってたより早めに上がれたし。なんとなく気が向いたんだよ」
「へー。毎年こういうの来ないお前がめずらし・・・」
「奥田さん!ホラ、2部始まっちゃいますよ!早く席に戻らないと!」
美緒が奥田さんの背中を押した。
「お?おお。川田、また後でなー」
「おう」
そうして奥田さんは自分の席に戻って行く。
「まいったな・・・」
川田さんが、なぜか頭を掻きながらつぶやいた。
「おつかれ。ごめん、遅れて。席取ってもらったのに。思ったより打ち合わせ長引いた」
下を向いたまま、まだ肩で息をしている。
本当に走ってきたみたいで、私の肩に乗ったままの彼の手は熱を持っていた。
「あー、久々に走った。会場着いたら着いたで人がすごくて動きにくいし、このまま
たどり着けないかもって焦って・・・あ、ごめん」
あわてて川田さんが私の肩から手を外したところで、美緒が言う。
「川田さん、おつかれさまです。」
「ん、花村さん。おつかれ」
ペコっとおじぎをした美緒は、
「じゃ、山ちゃん。私、奥田さんに仕事のことで言いたいことあったの思い出したから
ちょっと言ってくるね」
と言った。
「え?美緒?」
「またあとで!」
美緒はニヤっと笑って方向を変え、奥田さんがいるあたりに向かって歩いていく。
(絶対に用事なんか無いな、あれ)
そう思いながら美緒の背中を見送ると、川田さんが言った。
「取っててくれたのって、ここ?座って良いのかな?」
「あ、ハイ、そうです。座りましょう」
二人で腰をおろす。
「取っといてくれてありがとな。ひー、あっついなー今日は」
胡坐をかいた状態で、独り言のように呟きながら締めていたネクタイの根元を左右に動かして緩めた。
外れた第一ボタンからちらりとのぞく喉元を、ぼうっとしながら見ていたら、
彼が首をかしげて言った。
「・・・山野さん?どうかした?」
「あ!いや、あ、言い忘れてました。おつかれさまです!」
あわてて言うと、クスっと笑いながら
「ありがと。山野さんも、おつかれさま」
と言われた。
やばい。見てるのを見られた!っていうか何ジロジロ見てんだ、私!
焦りながらも恥ずかしさをごまかすように、言ってみた。
「あの、歩き売りのお姉さんがもうすぐこっちにも来ると思うんで。何か飲み物、買いましょうか?」
「いや、俺が買うよ。何か飲む?奢るよ」
「え、そんな、いいですよ」
「席取ってもらったお礼だから」
「いやいや!そんな、何もしてないし!」
「いいからいいから。すみません、おねーさん、こっち!ビールちょうだい!」
川田さんが私の言葉を遮るように言いながら、通路側に体を向けて手を挙げた。
「それから、遅刻したお詫びもあるから。奢らせてよ」
「そんな、お詫びなんて」
言いあっているうちに、ビール売りのお姉さんが来た。
「ビール、550円です。他にはご注文ありますか?」
「ビールひとつと・・・山野さんは何にする?ビール以外にする?」
急かされるように聞かれ、とっさに
「あ、じゃあ、ウーロン茶ありますか」
「ありますよ。200円です」
お姉さんが首から下げたクーラーボックスから、紙パックのウーロン茶を出したのを受け取る。
「合わせて750円です」
「どうも」
お金を払ってくれた川田さんが、目を細めて笑いながら言った。
「安いお礼で済んだな。そんなんで良いの?」
「いえいえ、そんな。充分ですよ。いただきます」
紙パックにストローを差すと、川田さんもビールの缶を開ける。
「じゃ、乾杯!おつかれー」
「おつかれさまです」
紙パックのウーロン茶と缶ビールを軽くぶつける。
彼が、喉を鳴らしてビールを飲んだ。
「…かーっ!うめー!」
目を閉じて言う彼の顔がおかしくて笑いながら
「オッサンがいる」と言うと
「なにぃ?まだ俺は32だ!オッサンじゃないぞ。お兄さんと呼べ」
と笑いながら言われた。
「あ、もう32歳なんですか?お誕生日いつ?」
「誕生日はね、6月25日だよ」
「え、ついこないだじゃないですか」
「そうだよ。山野さんは、誕生日いつ?」
「私は、12月12日です」
「ぞろ目じゃん」
「はい。年は聞かないでください」
「わかった。で、俺、平成17年入社だけど山野さんは?」
ニヤっとしながら川田さんが聞いてくるので、笑いながら私も答える。
「私は平成19年・・・ってトシ聞かないでって言ったじゃないですか」
『聞くな』と言ったけど、別に本気で隠すことでもないしね。
川田さんが何か口を開きかけた瞬間、
「あれ?川田じゃん。来たのかよ」
頭の上から、驚いたような声がした。
川田さんと二人して振り向きざまに上を仰ぐと、フランクフルトの載ったお皿を両手に持った
奥田さんと、そのあとに同じくお皿を持った美緒が立っていた。
「おう、奥田。来たよ。おつかれ」と手を上げた。
「なんだよ、今朝聞いたときは『行かない』って言ってたじゃんか」
「おー。や、予定詰めてったら思ってたより早めに上がれたし。なんとなく気が向いたんだよ」
「へー。毎年こういうの来ないお前がめずらし・・・」
「奥田さん!ホラ、2部始まっちゃいますよ!早く席に戻らないと!」
美緒が奥田さんの背中を押した。
「お?おお。川田、また後でなー」
「おう」
そうして奥田さんは自分の席に戻って行く。
「まいったな・・・」
川田さんが、なぜか頭を掻きながらつぶやいた。