嫌われ者に恋をしました

「そういえばさ」

 隼人がふと話しかけてきた。

「二人でいる時は課長じゃなくて、名前で呼んでよ」

「え?」

「会社では課長だけど、今は違うから」

「え?えっと、はい……」

「名字じゃなくて名前だよ」

「ええ!」

 そう言われてもなかなか難しい。

「くだらないかもしれないけど、そんな小さなことでも雪菜を近くに感じたいんだ」

 そんなことを言われたら、頑張るしかない。

「……松田さん」

「それは名字だから。名前で呼んで」

「ええっと……、は、隼人さん」

 雪菜はうつむいて早口に言った。

「本当は『さん』も付けてほしくないんだけど仕方ないかな」

 そう言って隼人は笑った。

 名前を呼んだだけなのに、こんなにドキドキするなんて。名前を呼んだだけで、確かに距離が近づいたような気がした。

 照れて窓へ顔をそむけた雪菜の視界に、横浜の夜景が飛び込んできて息を飲んだ。すごく綺麗。テレビでしか見たことがない景色。

 雪菜が「わあ」と目を見張っていると、そんな雪菜をチラッと見ながら隼人が言った。

「今日は夜中だから、もう暗いね。本当はもっと明るくて綺麗なんだ」

「そうなんですか?」

 雪菜には隼人が言うように暗くなんて見えなかった。この夜景でも十分明るくて綺麗に見えた。

「また今度来よう?もう少し早い時間に」

「……はい」

 また来ようと言ってくれた。また次があるなんて、本当に嬉しかった。
< 143 / 409 >

この作品をシェア

pagetop