嫌われ者に恋をしました

「か、髪を乾かしてもいいですか?」

「そうだね、早く乾かさないと風邪ひくよ」

 隼人はスッと手を離してリビングに戻っていった。

 いつもの課長も素敵だけど、今日の課長はいつもと違ってすごく戸惑ってしまう。それに、私のことかわいいだなんて……。普段のあの冷静な課長からは、とても考えられないセリフ。ドキドキしてしまう。

 それにしても、この家にはあまり物がないような気がする。そういう意味ではいつもの課長のイメージ通りの家。

 リビングにはソファと低いテーブルとテレビしかなかった。この洗面所にも最低限の物しかない。……出ていく時に、婚約者が持って行ってしまったんだろうか。

 婚約者のために買ったこんな広い家に一人で住んでいたら、やっぱり思い出すんだろうな。婚約者のこと、忘れられないだろうな……。

 またさっきの言い知れぬ寂しさが舞い戻って来て、雪菜はまた一人で落ち込んだ。

 ドライヤーを元の位置に戻して、リビングに続く扉を開けると隼人が振り返って微笑んだ。

「もう遅いから寝よ」

「はい……」

 隼人は雪菜の手を引いて、リビングから出ると廊下の途中で「ここトイレね」と場所を教えながら、奥の扉を開けた。
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