嫌われ者に恋をしました

 当時、実家から通勤するのは確かに遠かったが、実家から出たことがなかったから一人暮らしをする発想は全くなかった。

 でも、一人暮らしをしてみたら、それはそれで意外と居心地が良かった。一人暮らしをするためにこの家を買ったわけではなかったが。

「雪菜の方が一人暮らしは長いよね?」

「はい、私は10年近く経ちます」

 そんなに?今27だから高校生から一人で暮らしていたということだろうか。たった一人で人と関わらないよう、人を寄せ付けずに暮らしていたんだろうか。10年間も。ただし、瀬川は除くが……。

 そういう意味では俺なんかが近づく隙なんてなかったはずなのに。それなのに、俺が誘った食事に来てくれた。俺が近づくことを、抱き締めることを許してくれた。

 そう思ったら今こうやって雪菜が隣にいて、手を繋いで歩いていることが、素晴らしいことに思えた。

「ありがとう、雪菜」

「え?」

 雪菜は驚いた顔をした。

「今、こうして一緒にいてくれているから」

「それは、こちらこそありがとうです」

 二人で顔を見合わせて微笑んだら、今まで感じたことがない時間の流れを感じた。この一瞬の幸せと遠い未来の幸せがふわっと重なり合ったような、そんな感覚だった。

 もう一生、この人を手放すことはできないかもしれないと思った。
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