漆黒のイカロス【短篇】
嘆きのイカロス
「本当に行くのか?ユーリ」
「ええ」
全長八メートル。漆黒に染められた人型にも見える機体のコックピットへと向かうタラップに足をかけ、声の主を見おろし答えた。
油に汚れた作業着姿で、悲しげな表情を浮かべて私を見上げる……私を愛してくれた人。
望めば普通の幸せを手に入れられる。
そんなことは分かってる……でも、私は今日この日のために全てを捧げてきたのだ。
今更引き返すことは出来ない。
「ごめんなさい、ヴィンス」
あなたでは埋められない、私の心にあいた大きな空洞。
「そうか……」
つらそうに目を伏せたヴィンスから目を逸らし、コックピットへと振り返る。
優しくていつも私を気遣ってくれた大好きな人を悲しませてでも、私は行くのをやめることをできない。
だって、あの宇宙に眠るあの人をひとりには出来ない。
「イカロス……起動」
声紋は登録済み。
私の声に反応して、闇色の機体の頭部に目のように配置された二つのパネルが、青く発光する。
イカロスが、目覚めた――