幸福なキス〜好きになっても、いいですか? SS〜


仕事を定時内にきっかりと終えて、麻子は再び純一のマンションへと一番乗りに到着する。
家主の純一は、まだ少し仕事に時間が掛かっていた。


「ただいま。ひとりで大丈夫だった? ごめんね」


留守番をしていた子犬に一番に話し掛けると、様子を窺って、元気そうなことにホッとした。
たくさん買い物をして来た麻子は、すぐにキッチンへと向かう。
二人分にしては多いと思うくらいの材料を袋から取り出すと、手際良く夕飯の支度に取りかかる。

1時間もせずに、たちまち部屋じゅうにいい匂いが立ち込めた頃――。ピンポン、と来客を知らせる音が鳴った。


「あ、すみません。今、開けます」


モニターに映る人を確認すると、相手の言葉を聞かずに麻子が言って解錠する。その足で、今度は玄関の鍵を開けておくと、ほどなく純一がそのドアを開けた。


「……あの。おかえり……なさい」
「……ああ」


お互いに、ずっと一人だったから、単純な挨拶にもぎこちなさが残る。決して二人にとってそれが嫌な時間ではないのだが、いかんせん、恥ずかしいのだ。
純一が上着を脱ぎ、カフスを外しながらキッチンに目をやりながら言う。


「いい匂いだな」
「あ。はい。ちょうど出来ましたけど……」


『先にお風呂にしますか?』と言葉を繋げようとした麻子は、それもなんだか自分のキャラに合わないセリフに感じて口を閉ざす。
その麻子の様子に気付く純一は、広いリビングにもかかわらず、麻子に触れるくらいに近づいて行く。

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