幸福なキス〜好きになっても、いいですか? SS〜

「あ、あの?」
「その堅苦しい話し方。なんとかなんないのか? 仕事してるみたいな気分になる」


じりじりと詰め寄られ、麻子もその分だけ後ずさりする。
散々言いたいことは口にして、態度も堂々と、社長なんかに負けず劣らずの麻子。それは普段は変わりないのだが、純一と二人きりになると、どうにも長所である口が回らない。


「……急には、無理です」


それでも、口から出る言葉は可愛くない言葉なところは麻子だ。
純一が呆れたように「はぁ」と息を漏らすと、反射的に麻子が顔を上げた。
『しまった』と麻子が思う頃にはもう遅い――。


「あ、の! 料理が冷め」
「俺も〝無理〟だ」
「ちょ――――……」


トンッと背が壁に当たる感覚を受けたのと同時に、純一の長い指が麻子の顎に添えられてクイッと上を向かされる。
瞬く間に、柔らかな感触が唇を浸食した。


「んっ……」


触れるキスから、貪るようなキスへ移行し――果ては思考を溶かされるような……。
名残惜しそうに、下唇を甘噛みしながら離れていく純一を、薄目で見る。向こうも同じように自分を見つめていて、その色情的な瞳に意識が奪われそうだった。

麻子はやっとのことで理性を繋ぎとめ、キッと無理矢理睨みつけて言う。


「み、見られてますから……!」
「誰に」


『誰もいるわけないだろう』と言った顔で即答する純一に、麻子は無言で指をさす。


「……」


その先を視線で追うと、愛くるしい子犬が自分たちを見ているように感じた純一は心底項垂れる。


「……テンションが下がった」
「……ご飯でも食べて、上げてください」
「……〝無理〟だ」

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