幸福なキス〜好きになっても、いいですか? SS〜
「うれしいのか、さみしいのか、よくわからない反応でしたね、純一さん」
社長室を出てすぐ、雪乃がぼやくと、敦志は苦笑した。
「あ。ところで、わたしにお話ってなんでしょう?」
後ろに手を組んで、敦志よりも少し前を歩いていた雪乃がくるりと振り向き、言った。
敦志は、「ああ」と今気付いたかのような前置きをして、メガネに触れながら用件を話す。
「……なるほど。そういうことですか。それならわたしに、お任せください」
話を聞き終えた雪乃は、想像していたよりも簡単な頼みごとに、安堵の表情を浮かべた。快諾してくれた雪乃をみて、敦志もまた、ホッと胸を撫で下ろす。
「――わたくしが足を運んでもいいのですけど。こういうことは、女性にお任せした方がいい気がしたものですから」
「ええ。きっと大丈夫だと思います。優しい方ですもの」
雪乃が遠くを眺めるようにしながら、穏やかな目をして言う。その横顔を見つめ、苦笑いして敦志が漏らす。
「……なかなか、こんなときでもないと、素直になれないと思って」
メガネの向こうの瞳が切なげに揺らぐと、雪乃はそれに気付いて微笑んだ。
「早乙女様は、本当にお優しい方ですね。純一さんが慕ってらっしゃる理由が、わかります」
「それくらいしか、オレの価値ってない気がするから――……」
俯いて、落ちそうなメガネを抑えるように、顔を手で覆う。敦志の言葉に、なんの反応も示さない雪乃に些か不思議に思い、ゆっくりと視線を上げたところで雪乃の真っ直ぐな瞳とぶつかった。
「過小評価しすぎです」
凛として、まっすぐにぶつけられた言葉に、敦志は目を丸くする。
「御自分が思ってらっしゃるよりも、遥かに。純一さんも、麻子ちゃんも、早乙女様を必要としていますよ?」
そう言われた敦志は、丸くしていた目を睫毛で伏せて、小さく笑った。
「――ああ。なんか、似てきてますね。芹沢さんに」
敦志の言葉を受けて、きょとん、とした目を返す雪乃は、すぐに満面の笑みで答える。
「それは、とってもうれしいです。麻子ちゃんは、わたしの憧れの女性ですから!」