幸福なキス〜好きになっても、いいですか? SS〜
「お……とう、さん」
タキシードに身を包んだ、自分の父・克己の姿。
信じられない事態に、思わずキャスケードのブーケを落としそうになってしまうほど。
瞬きもせずに、父を見つめる麻子に、どこからともなく介添人がこっそりと現れて、麻子の手を克己の腕に添わした。
なんのリハーサルもない。麻子は父と並び、ぶっつけ本番で一歩ずつ、ゆっくりと丁寧に歩き進める。
数メートル先に待つ、純一の顔をベール越しにちらりと見ると、特段驚いた顔も見せていなかった。
(――――まさか、初めからそのつもりで)
自分の父の身体を思って、敢えて国内で――それも、こんなに急な計画をしたのかもしれない、と麻子は思う。
そのとき、ぽつりと隣の克己が麻子にだけ届く声で言った。
「母さんの若いころよりも、綺麗だ。麻子」
「……お母さん、膨れるよ」
「はは。そうかもな」
厳かな雰囲気の中にも関わらず、父子の間では、至って普段通りのやりとり。逆にそれが、麻子の中で感慨深いものを胸に刻んでいく。
「でも。ようやく約束を果たせた気がするよ」
「――――約、束……?」
視線はそのままに、鮮やかな色の唇を僅かに動かし、麻子が復唱する。もうあと2、3歩で純一の元に辿り着くというときに、克己が静かに口を開く。
「〝娘が幸せになるのを、傍で見守ること〟」
ほんの少し震えた声を出した克己に、麻子は目に涙を浮かべる。
「母さんと父さんの、約束だ」
ピタリと純一の前で歩を揃えると、滲んだ視界に、深々と頭を下げる純一が見えた。
克己が役目を果たし、麻子から離れようとしたとき――。