幸福なキス〜好きになっても、いいですか? SS〜
「純一さんが、問題ってこと?」
「……早乙女さんから聞いた話なんですけど。彼は、昔、家の人に内緒で捨て犬を飼っていたらしくて。でも、自分が小さいころだったし、上手く育ててあげることが出来なくて。それで、わりとすぐに、亡くなってしまったみたいなんです」
「……昔から優しい方なのね」
「……だからかもしれません」
「え?」


子犬を悲しそうな目で、でも口元はほんの少し笑みを浮かべた麻子の悲痛な顔を見て、雪乃は聞き返す。


「自分の浅はかな判断で、最悪の事態を招き、そういう思いをしてしまったから。だから、そのときの記憶が悲しくて、怖くて、封印したいのかも」


純一が子犬を拒否する理由はそれだと、麻子も敦志から聞いて理解していた。
それでも、だからと言って、この子犬を今手離すのはまた別の話だと思って麻子は雪乃に縋ったのだ。


「……わかりました」
「……?」


すっと立ち上がった雪乃を、今度は麻子が見上げる番。
眩しい太陽を背に立った雪乃を、手を翳しながら見ようとすると、上から頼もしい声が降ってくる。


「実家も動物はダメなのだけど、出入りしてる人間や、お友達に当たってみるわ!」
「……本当に?!」
「はい! でもすぐに見つかるとは限らないから……やっぱり数日はどこかで――」


やっと風向きがいい方向に吹いてきたと思った矢先、また振り出しに戻るようなことになってしまい、肩を落としかけたとき――。

ピリリリッ、と携帯の着信を知らせる音が二人の間に鳴り響く。
麻子と雪乃は二人で目を合わせ、その音は、麻子の携帯だとわかると雪乃が無言で『どうぞ』と促してくれた。
ぺこりと一度お辞儀をすると、麻子はポケットから携帯を取り出す。

そこには、先程ケンカしたばかりの純一の名が記されていた。


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