幸福なキス〜好きになっても、いいですか? SS〜
「――はい。芹沢です」


けれど、もしかすると、仕事に関することでの連絡かもしれない。
そう考えた麻子は、私情を挟まないように、淡々と秘書としての応答をした。


『……進展はあったのか?』


その声色から、この電話の内容は仕事ではないと麻子は察する。


「……雪乃さんが、心当たりを探して下さると。でも――……」


「でも」に続く言葉が口に出来ず、そのまま麻子は閉口してしまう。
正直、麻子には友人と呼べる人はいなく。連絡をとれるような親戚もいない。要するに、八方塞がりだった。
すると……。


『……2週間。いや、10日間だ』
「――え?」


電波が悪いわけでも、純一の声が小さいわけでもない。その言葉の意味を想像して、『まさか』と麻子が動揺していたために、聞き返してしまったのだ。
落としていた視線を上げて、動きが止まった麻子を見て、雪乃も目を丸くする。


『10日間だけ、俺の部屋を使えばいい』


聞き違いではない。確かに、自分の耳でそう聞いた麻子は、携帯を持つ手に力を込め、満面の笑みで答える。


「あっ、ありがとうございますっ……!」


その様子に、電話を切った麻子に聞くまでもなく、雪乃は笑顔を子犬に向けた。


「よかったネ! あとはわたしががんばるからね!」
「雪乃さん、ありがとうございます。10日間以内に……! よろしくお願いします」


深々と頭を下げる麻子に、「やめてやめて」と困った笑顔を返す雪乃が、突然「あ」となにかを思い出すように言った。
麻子が首を傾げると、雪乃が両手を合わせる。


「そう! 忘れないうちに聞いておこうと思ったんだったわ!」
「?」
「少し先の話だけど、純一さんのお誕生日でしょう? 麻子ちゃんはなにを贈るのかな? って。重なってしまったらいけないし……。というか、なにかいいものあるかしら? って麻子ちゃんならわかるかと思ってたの」

(そんなの、私のほうが聞きたいくらい)


心ではそう呟きながら、雪乃には当たり障りのない回答をし、麻子は子犬を連れて一度オフィスへと戻った。

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