誰も知らない物語
「師匠、恨んでくれていいよ」

彼女を守る為に血で汚れた刀を、今度は師匠に向けた。

師匠は一瞬驚いた顔をしたものの、ふっと微笑んだ。

「お前は、その道を選んだんだな」

小さな声で会話する。
彼女は遠くから僕の名前を叫んでいた。

「僕にはもう、こうするしか思いつかない。だから……ごめんなさい」

僕は師匠の首に刀を当てた。
抵抗する気配は、ない。

「辛い道になるぞ」

「構わないよ。彼女が生きてくれるなら」

頬を涙が伝う。
彼女だけじゃない。この人は僕にとっても大切な人。

「泣くな。生きろよ」

刀に力を籠める。
呆気ないほど簡単に彼の首から血が噴き出した。

「師匠、師匠!」

彼女の叫び声が僕の耳に届く。

僕は血に染まった手で涙を拭った。


< 57 / 74 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop