私雨。1

私雨。8

「うちの課長から島貫課長、島貫課長から刑事部長に頼んでもらった。もちろん真行寺の指紋限定で、だがな。
島貫課長の人脈も本物だったな。部長だって【花の欠片に】にアクセスするのは躊躇した筈だからな。
何が出るか分からない代物だからな。
それで、ネヤさんに調べて貰ってる。もうすぐ結果がでる」

それで…………
「俺達は何をやったらいい。俺はともかく………」
片桐は笑いながら、
「この佐伯はタフだから、使いがいがあるよ」
「ああ、佐伯………か、一度一緒に仕事はしたよな」
「はい、、、あの時は倒れましたが今度は大丈夫です」

大志田と片桐は笑った。
合同捜査があった時、佐伯は大志田に付いたが、あまりのハードさに付いて行けず倒れた事があった。
それも無理はなく、一ヶ月殆ど寝る間もなく動き回っていたからだ。



部屋のドアが開いた。
鑑識の寝屋川だった。
「揃ってますね。丁度良かった」
「何か出たんだな?」
片桐も寝屋川とは付き合いが長い。
駆け出しの頃からの付き合いだった。
顔を見て察した。

大志田が時計を見た。
「大垣!佐伯と一緒に行ってくれ。相手と会う時間がある。
ネヤさんの話しは後で聞かせる。真行寺と情報屋の写真も忘れるなよ」
「分かりました!」

二人が出て行った後、寝屋川は封筒の中から写真を出した。
「実は真行寺の指紋、掌紋からは何も出なかった。犯罪者の(匂い)はするものの珍しい事じゃあない。犯罪者でも前科のない者もいるからな。情報屋の方も今、手配の掛かってる事件はない。………所が、別な物が出てきた。03号事件のファイルを見る事が出来たんだ。関連はあるしな」

寝屋川は写真を三枚テーブルの上に並べた。
「俺は、あの事件の事は隅々まで調べた。健吾……いや、大志田班長もそうだが、俺の知らなかった事もあったんだよ。指紋だよ」
「指紋?…….待ってくれ、ネヤさん、指紋は全部調べた。俺の知らない指紋はない筈だ」

写真を食い入る様に見ていた片桐が、
「なんであんな所に?」
「ええ、何故、花の欠片にしまいこまれていたのか?
よくは知らないが、重要指定事件の不明指紋、掌紋だからなのか……」

大志田が身を乗り出した。
「それで、その指紋の事を詳しく話してくれ」

「健吾………思い出してくれ。あの時の事を………その指紋がどこから出たのかは、今は俺しか知らない。だから、お前の記憶と照らし合わせたい」

あの時…………俺は………
「部屋にいた俺はクラクションの音を聞き、カーテンを開けた。
雨に見とれて車は見なかった。その後、銃声が聞こえ、俺は階段を走り降りた。
……そこで、猟銃を持った居間から飛び出して来た犯人とかち合った。
………俺は……訳も分からず、そいつの腕を掴んだ。
そいつが振り返りざまに、銃身で………俺を殴った……」

その後………

「その後………微かに銃口が、目の前に見えた。俺は撃たれるのかと思った。………あの時…………」

大志田の脳裏に、微かに浮かんでは消える、何かが見えた。いつもこうだった。浮かんでは、消える……
「どうした?」
片桐も寝屋川も大志田の話しに聞き入っていたが、大志田の僅かな反応を見逃さなかった。

「………あの時、銃口だと、俺は思っていたが……あれは………」
「………?」
「あれは、黒い手袋だったんだ!」

「犯人は確かに手袋をしていた。だから指紋は残らなかった」

「あぁ、あの時…………犯人は俺の頭を触った。まるで……俺の怪我の具合を見る様に………俺はあの時家の中でも帽子を被っていた。

親父に対しての反抗心の一つだったんだ。
犯人は……その帽子を脱がせて俺の頭に触ったんだ。……その時、手袋を脱いで………俺の帽子を取ろうとした時に、帽子に触った………のか?」

寝屋川が大きく頷いた。
「不明指紋は、健吾……大志田班長の帽子に付いていた、金属のバッジから出ている」
「真行寺の物ではないのか?」
「真行寺ではない」
片桐が分からない、と言った顔をした。
どうしてそれが、花の欠片に?」

「大志田班長と父親、あの家に出這入りしていた、と思われる関係者全員の指紋、掌紋と一致しなかった。

あの時…………大志田班長はその金属のバッジは自分以外、触っていなかった、と聴取の時話してる。
結局分からなかったんだよな。
重要指定事件だったし、大志田班長も……子供……だったからな。それで言わなかったんだと思うけど………」
それで………花の欠片に………

班長、俺達は今、非公式の捜査をしている。
まして、花の欠片の事に関しては誰にも聞くことは出来ないし、誰も話さないでしょうね」

部屋の中に重い空気が流れていた。

「ところで、大垣達はどこに?」
「民間の気象学者に会いに行かせた」
「気象学者?雨の事で?………そう言えば」
寝屋川は封筒の中からノートを出し、
「真行寺の部屋にあったこのノート、うちの班に気象マニアがいてね、
これは【私雨】の記録だと言ってるよ」

「私雨?」
「局地的に降る雨やごく狭い範囲に降る雨だそうだ。今で言う……ゲリラ豪雨だな」
大志田はノートを手に取り、食い入る様に見た。
「それで………事件のあった日の雨の事もこれに?」
「あぁ、だけどその日だけではないよ。全部の分析はまだだが、かなり古い記録もあるそうだ」

寝屋川は首を傾げて、
「ちょっと気になる事があるんだが……」
「………」
「………」
「このノートに書いてあるのは全て過去のものだと思っていたんだが、一番後ろを見てくれ」
「………」
「分からなくても無理はないよ。気象学の専門家でもこれを解き明かすのは容易じゃあないそうだからな」
「……………?」
「最後に書いてあるのは、つい最近書かれている。ボールペンの質、筆圧、その前に書かれているページとは明らかに違う。

雨の降る日付け、時間、場所、その場所の範囲、それらが事細かに書いてある、と言うんだな」

「でも、過去の事を思い出して、書き足した、と言うことは?」

「それが、どうも過去の事ではないらしい。いや、日付けが……数字と記号の羅列に過ぎないから分からないと思うけど、日付けが………今日かもしれないんだ」

「まさか!真行寺、いや、真行寺とは限らないが局地的に降る雨を予測している、と言うのか?」
「なんとも言えない………昨日から調べてるんだが………」

大志田の携帯電話の受信音が鳴った。
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