殺してあげる

そんなこと、聞いてない。
最初に言ってくれたら……

「アイコサマにはその資格はありません。むしろ楽しみにしているようですので、酌量の余地はありません。ささ、お逃げください。犬が来ますよ」

犬。

窓の外にいたキクカワはいつの間にか窓のすぐそこまで来ていて、中の様子を伺っている。

犬はその後ろから着いてきていて、玄関でくんくん鳴き声を上げていた。

本気だ。こいつら本気で食わせる気だ。

逃げなきゃ。逃げないと本当に犬に食い殺される。

でも、私の足からは血が出ていて血の臭いがついている。これじゃ逃げきれない。

何か、何かない?



……何か囮になるもの。逃げる時間を確保できるもの。

加穂留はきっと何もしてこない。

私が犬に追われて逃げるのを楽しみに見るに決まってる。



でも私は……



私は咄嗟の機転がきく。今までもこの頭の回転の良さでいろいろな局面を回避してきた。

今回も大丈夫。

考えるのと同時にすぐ横にあった写真たてを床に投げつけて割り、ガラスの破片を手にすると、目の前にいた加穂留に切り裂かかった。

きゃっと小さく悲鳴を上げた加穂留は数歩後退り、距離をとる。


取らせない。


あんたを囮に私はにげきってみせる。

理不尽に殺すのならば、私はここから逃げてやる。

私の望んだ死にかたじゃないなら、この話はなかったことにする。

加穂留の腕から真っ赤な血がつー……っと手首の方へ伝う。

もう少し、あと少しどこかに傷をつければ……

犬は間違いなく加穂留に飛びかかるはずだ。

< 144 / 204 >

この作品をシェア

pagetop