殺してあげる
そんなこと、聞いてない。
最初に言ってくれたら……
「アイコサマにはその資格はありません。むしろ楽しみにしているようですので、酌量の余地はありません。ささ、お逃げください。犬が来ますよ」
犬。
窓の外にいたキクカワはいつの間にか窓のすぐそこまで来ていて、中の様子を伺っている。
犬はその後ろから着いてきていて、玄関でくんくん鳴き声を上げていた。
本気だ。こいつら本気で食わせる気だ。
逃げなきゃ。逃げないと本当に犬に食い殺される。
でも、私の足からは血が出ていて血の臭いがついている。これじゃ逃げきれない。
何か、何かない?
……何か囮になるもの。逃げる時間を確保できるもの。
加穂留はきっと何もしてこない。
私が犬に追われて逃げるのを楽しみに見るに決まってる。
でも私は……
私は咄嗟の機転がきく。今までもこの頭の回転の良さでいろいろな局面を回避してきた。
今回も大丈夫。
考えるのと同時にすぐ横にあった写真たてを床に投げつけて割り、ガラスの破片を手にすると、目の前にいた加穂留に切り裂かかった。
きゃっと小さく悲鳴を上げた加穂留は数歩後退り、距離をとる。
取らせない。
あんたを囮に私はにげきってみせる。
理不尽に殺すのならば、私はここから逃げてやる。
私の望んだ死にかたじゃないなら、この話はなかったことにする。
加穂留の腕から真っ赤な血がつー……っと手首の方へ伝う。
もう少し、あと少しどこかに傷をつければ……
犬は間違いなく加穂留に飛びかかるはずだ。