殺してあげる

「そう簡単には取れませんよぉ」
「来るな! 来るな! 来るな!」

そうこうしているうちに殺気だった犬が距離を詰めてきている。
落としたスタンドを咄嗟に手で掴み、構えた。
犬はその場で動かなくなり、よだれを滴ながら低く唸っている。

「アイコサマ、もうアイコサマの言う生まれ落ちた状態じゃないですよっ。ほら、足ないし。ということは、天上の世界へは行けないってことですよ」
「ふ、ふざけるな! あたしら行ける! みんなと違うんだ。だから絶対に行ける」
「みなさんそういう。不思議ですね。みんな同じことを言ってるんです。『私はみんなと違う、特別なんだー』って。変なの」
「お前に何がわかる! 生きることに意味を感じないこの気持ちがわかってたまるか!」
「え? 生きることに意味なんてないですよお。おかしなこと言う。ははははは」

こいつ、やっぱり狂ってる。感情の現れない顔が怖い。


車のドアに手を伸ばし、体をずるずると引きずり背中をドアにピタリとくっつけた。

うまい具合にスタンドが杖がわりとなり、立ち上がれそうだ。

痛みを感じないのだけが救いだが、血はどんどん溢れ出す。

このままじゃ遅かれ早かれだが、こんなところで死ぬよりはずっといい。あの狂った女と男に殺されるくらいなら、車走らせてどこか違うところで……



腕につけられた黒い爆弾がピピッと音をたてた。


「くっそ」


無理矢理体を起こしてドアを開け、お尻から車に乗り込んだ。もちろん血まみれになったスタンドも忘れずに中に入れて、ロックした。


音がシャットアウトされ、外と完璧に遮断された気持ちになる。犬はここぞとばかりにドアに飛びかかり、ワンワンと吠えたてる。


キーはやはりついたまま。急いで回すとなんなくエンジンがかかった。


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