今夜、きみの手に触れさせて
「え?」
キッチンに立ち尽くすわたしを見て、矢代くんはポカンとしている。
彼の指先が、細いコードを引っかけるようにしてイヤホンをはずした。
ゆっくりと立ち上がる矢代くん。
「ゴ、ゴメンなさい。あ、あの、開いてたから勝手にあがり込んじゃって……」
噛み噛みで、理由にならない言い訳を並べる。
そんなわたしの目の前までやってきて、矢代くんはスラッと言った。
「いーよ。うちは出入り自由だから」
どわっ。ち、近い……。
1メートルよりも近くに立って、矢代くんはわたしを見下ろしている。
「あのっ、これっ。いつも大勢来てるみたいだから、みんなで食べようと思って」
両手で抱えた大きめのペーパーバッグを、前に差し出す。
「あー、いつもはみんな学校帰りにたむろしてるけど、夏休みはあんま来ねーよ?」
「そ、そうなの? でも日曜日だし、おうちの人もいるかな、なんて思って……」
ホントにそう思って、30個も作ってきたんだ、レモンボール。