今夜、きみの手に触れさせて


「え?」


キッチンに立ち尽くすわたしを見て、矢代くんはポカンとしている。


彼の指先が、細いコードを引っかけるようにしてイヤホンをはずした。


ゆっくりと立ち上がる矢代くん。




「ゴ、ゴメンなさい。あ、あの、開いてたから勝手にあがり込んじゃって……」


噛み噛みで、理由にならない言い訳を並べる。


そんなわたしの目の前までやってきて、矢代くんはスラッと言った。




「いーよ。うちは出入り自由だから」




どわっ。ち、近い……。


1メートルよりも近くに立って、矢代くんはわたしを見下ろしている。




「あのっ、これっ。いつも大勢来てるみたいだから、みんなで食べようと思って」


両手で抱えた大きめのペーパーバッグを、前に差し出す。




「あー、いつもはみんな学校帰りにたむろしてるけど、夏休みはあんま来ねーよ?」


「そ、そうなの? でも日曜日だし、おうちの人もいるかな、なんて思って……」




ホントにそう思って、30個も作ってきたんだ、レモンボール。


< 128 / 469 >

この作品をシェア

pagetop